うめと愉快な仲間達

うめから始まった、我が家の猫模様。
犬好きな私は、チワワの夢を見ながら、
今日も癖が強めの猫達に振り回される。

息継ぎの世界

2022年08月25日 | カズコさんの事

これで卒業できると思っていた。

 

おはようございます。

巨大病院への通院は、何かと大変だ。

気軽に、ひょいっと行ける所じゃない。

3月、かずこさんが心筋梗塞の発作を起こして以来、

巨大病院へ通院していたが、そろそろ近くの町医者へ移行できそうだと

前回聞かされていた。

昨日は、「この日で、巨大病院も卒業だ」と思っていた。

 

ところが、

血液検査と胸のレントゲンを撮り、診察を待っていると、

かずこさんの様子がおかしい。

俯いて固まっている。

そのくせ、装着したマスクは小刻みに絶え間なく上下していて、

壊れたロボットみたいだ。

「母さん?どうした?」

覗き込むと、かずこさんの眼は空っぽだ。

「気持ち悪いの?」

私は通りかかった看護師に助けを求めた。

車椅子に乗せ、ベッドのある処置室へ運んだ。

 

ところが、嘔吐もしなければ、血圧も心拍も熱も正常だ。

酸素量も問題なし。

しかし、かずこさんは、看護師が何を質問しても、何も答えられない様子で、

しきりに自分のバッグを気にしている。

私は、ふと入院した頃の母を思い出し、

「あの、これ・・・せん妄かもです。」

と、看護師に伝えた。

入院してパニックに陥った時の様子と似ていた。

「かずこさん、ここ、どこだか分かる?」

そう質問してみると、かずこさんは、

「ジジはどこに入り込んだ?あそこの隅っこにしわくちゃになっておった。」

と答えた。

あかん・・・

別世界へ、イッちゃってる・・・

こんな時、背中を撫ぜてやりたいと思うが、かずこさんは触られる事が好きではない。

自閉症傾向が強い人は、触られることを極端に嫌う。

私は、かずこさんがこの世界に戻って来られるような言葉を探した。

「ジジは、しわくちゃになっとったの?どこでぇ?」

と聞いてみると、かずこさんは、

「あそこの隅っこ。」

と呟いた。私は敢えて笑いながら、

「そりゃ、いい気味やなぁ。」

と言った。

すると、かずこさんはふふっと笑った。

でもまだ、顔はこわばっていた。

 

主治医は、

「とりあえず心臓の異変の兆候はないようですし、せん妄かもですね。

でも、今回の血液検査では、肝臓の数値が良くないんです。

一応、肝臓もしっかり診た方がいいですね。」

と告げた。

卒業ならずだ。

 

帰りの車中では、この世界での会話も交わせるまでに戻っていた。

「母さん、さっき具合悪くなったのは、覚えとる?」

どうせ、忘れただろうと思いつつ聞いてみると、かずこさんは、

「あれは、息継ぎみたいなもんや。」

と言った。

なんだか意味は分からないが、凄い名言に聞こえた。

「息継ぎね、そうね、息継ぎは必要だもんね。」

「そうや、たまには、ああやって息継ぎせんと詰まってしまうんや。」

 

嗚呼、なんという名言だ。

 

昨日、かずこさんは、病院へ着く前に怖い思いをした。

突然、息継ぎしたのは、その影響もあったからかもしれない。

昨日は、

以前、電話を掛けてきた『悪徳買い取り業者』が、訪問する日でもあったのだ。

調子のいい電話営業に、父が乗ってしまった。

昨日、実家へ行くと、父は、

「レコードも高く売れると言ったもんで。」

と、リビングにレコードと古本を沢山並べていた。

「調べたけど、その業者は悪徳だったわ。

家に入れちゃダメって、消費者センターの人も言ってた。」

そう伝えると、父は

「なら、断ってくれ」

とだけ言って、黙々とレコードを片付け始めた。

私は急いで、

「古本は私が売りに行くし、レコードも私が高値で売ったる。

だからね、父さん。レコードのリストを書き出して!」

と言った。

私は、失敗したと気付いた父を落ち込ませたくなかった。

悪いのは騙された側じゃない、騙す側なんだから。

「こんな、ぎょうさんあるぞ。全部書き出すんか?えらいこっちゃ」

父は、大げさに笑った。

そして、もうすぐ悪徳業者が訪問するというのに、

そんな予定は無かったかのように、リスト作りに没頭し始めた。

結局、玄関チャイムが鳴っても、父はレコードから目を離さない。

まるで、別世界へ飛んでいるみたいだった。

私は、悪徳業者が訪問してきたら、文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、

父さんの様子を見て、静かに門前払いをした。

何も無かった。

なーんにも無かったかのように、父さんに

「ちょっと、父さん。このレコード高く売れそうじゃない?」

と声を掛けた。

父さん、もう大丈夫。

こっちへ戻っておいで。

願うような気持ちで笑うと、父さんじゃいつもの父さんに戻っていた。

実家は、悪徳業者の一件で、父さんが戻って来るまで異様な空気だった。

かずこさんは、それを敏感に察知して、怖かったのじゃないだろうか。

 

「どこかで息継ぎしないと、詰まってしまう。」

誰しも、そんな気分の時は、ある。

私は、父さんや母さんが飛んで行く別世界が、

楽しいといいなっと思った。

 

おい、おたま!

君も、別世界へいっちゃてる感じよね?

 

大丈夫か~?

戻って来いよ~。

 

おいおい、零れ落ちるぞ!

 

おたま「あれ?おじさんじゃないのかぁ。がっかりだ。」

ごめんな、おばちゃんで!