昨日は、
かずこさんの初デイサービスだった。
おはようございます。
バスでお迎えしてもらうのが通常だけれど、
お初ということで、私が送っていく事にした。
当のかずこさんは、
「さっと被って(カツラを)、適当なもん羽織って(服を)
行きゃええんやわな。」
と余裕な発言のわりに、
入念にカツラをセットし、お気に入りの水玉のシャツを羽織り、
久し振りに、ファンデーションを塗っていた。
「あれ?おっかしいなぁ。」
と何やら、探し物をしていたので聞いてみると、
「頬紅が、あらせん。どこいったんやろ?」
と、更に化粧を施そうとしていた。
かずこ、気合入ってる。
私は、次の金曜日までに、頬紅を買っておこうと思った。
次があれば…の話だが。
結果、12時前に電話が鳴った。
「かずこさん、娘さんが迎えに来るから帰らなきゃっておっしゃって、
ソワソワしちゃっています。」
という事なので、迎えに行った。
これは、想定内だった。
「慣れるまでは、早めにお帰りになる方も多いです。」
と、スタッフさんから聞いていたからだ。
ただ、帰宅途中の、かずこさんの反応は想定外だった。
「楽しかった?」
と聞くと、かずこさんは、
「あの人ら、面白いなんてもんやないぞ。
そこら辺の芸人より面白いぞ。」
と思い出し笑いしながら言う。
そうだろう、そうだろう。
私が見学へ行った際、
スタッフさん達から度々漏れ出す、おもしろオーラを見逃すわけがないのだ。
何十年、お笑い番組を観てきたと思ってんだ?!
特に、相談員のカミヤさんは、間違いなくツボを押さえた面白い人なんだ!
「なら、どうして帰ってきちゃったん?」
そうだ、どうしてなの、かずこよ?
すると、かずこさんは、やっぱり大笑いしながら、
「あんな面白いとこ、どうもならん。どうにか、なってまう。
わしは、あんな面白いとこ、二度と行かんとこうとも思っとる。」
と言うではないか。
はてさて、面白いから二度と行かぬとは、どんな感情なのだろうか?
いやでも、その発言、分からないでもない。
かずこさんは、大いに我儘だが、気遣いしようとする心は持っている。
むしろ、強い。
その気遣いは、いつだってズレているけれど、でも強く持っている人だ。
だから、あんなに面白い人達に囲まれ、だったら自分も面白くさせなくっちゃって考え、
そのプレッシャーに押し潰されそうになったのじゃないだろうか。
だから、
「わしも、けっこう、どしゃべったけど、かなわん。
お前が混じったら、もっと酷い事になるで、次はお前も一緒に参加した方がええ!」
という発言になったのだろう。
もっと酷い事とは、なんとも、かずこさんらしいブラックジョークだ。
どうやら、現場は『オモシロ対決』と化していたようだ。
うわ~、参加してぇ~!!
さて、来週はどうなるかな?
昔、私は母のことを、
「あの人は、なんでも金で解決しようとする」と気に入らなかった。
「ありがとう」と言えばいいのに、それを言わず、金を渡す行為が、
とても嫌な気分になった。
今も、なにかにつけ、親切にしてくれる人に小遣いを渡そうとする。
時には、こそっと私のバッグに一万円が忍ばせてあったりもする。
私は、最近は素直に「ありがとう」と言って貰う。
そして、後でこそっと、かずこさんの財布に戻している。
戻す時、その財布は空っぽだ。
持ち得る全額を、人にくれてやるだなんて、
「かずこさん、きっぷがいいねぇ」と感心さえしてしまう。
こんなにお金くれちゃうと、年金無くなるでっと言うと、
「わしは、内緒でパチプロして働いとるで、金ならようけ、あるんやで」
と、どや顔で見え透いた嘘をつく。
ボケた老婆の、渾身の嘘だ。
私は、なんて優しい嘘だろうと、泣きそうになる。
きっと、この人は、ずっと嘘をついて生きて来たのだろう。
強がって、虚勢を張って、見栄を切って、後ろめたい気持ちになって、
それでも突進していくしかなかった。
不器用で、愚かで、人の気も分からない癖に、
嘘をついて、色んな人に煙たがられてきたのかもしれない。
その嘘の中身は、本当は優しさだったのかもしれないのに。
ズレてるけど・・・。
私は、ボケた母との暮らしを、実は楽しんでいる。
不謹慎なのかもしれないし、呑気に思われるかもしれない。
「いや、大変なんだ。これは大変で辛いことなんだ。
もしかすると、今後どえらい辛いことになっていくんだ、きっと。」
と思おうとしても、やっぱり楽しい訳だ。
泣いて笑って、振り回されて、時にはがっくり肩を落とす。
腹も立つし、やり切れない気持ちにもなる。
先々の不安を纏いながら、それでも今、私は楽しい。
全部ひっくるめて、楽しいとしか思えない。
一種の変態発言かもしれないが、これは『かずこの奇跡』だと思えてしまう。
『ぼけ老人の奇跡』だ。
偉そうには言えない。大声でも言いづらい。
でも私は、どこまででも、かずこさんを笑わせていきたい。
非常に不真面目なことばかり、企んでいる。
けれど、それさえブレなければ、この奇跡は続いて行くとも考えている。
これは、私とかずこさんのチャレンジだ。
『そこに愛はあるんか?』のように、
『そこに笑いはあるんか?』を基準に進んでみよう、命の終着点へ。
「わしは、全然面白ないけどな」
って、かずこさんは思っているかもしれないけどもが・・・。
そんなことより、おい、おたまったら!
お前、お前ったら、何してるんだ?!
おおおおおおまえ、ゴロゴロ言いながら、おじさんに甘えてんの?
私には、こんな事、絶対しないのに?
私には、『おたまの奇跡』に出会えない・・・。