日曜日の楽しみは、NHK・大河ドラマ。
昭和46年の結婚から、今年の平成24年まで、41年。 41本の大河ドラマを見ていることになる。
いやいや
。抜けてる年もあります。 残念ですが。
今年は 『平清盛』。
武士の国作りに命を燃やす清盛
。 楽しんでいます。 大好きです
先週・11月25日の『平清盛』
『清盛の武士の世』完成前の清盛の苦しみ。 が 描かれました。
後白河天皇の第三皇子・以仁王(もちひとおう)の反乱。に苦しむ清盛。
以仁王は、『以仁王の令旨』を出して、源氏に平氏打倒の挙兵、を促したのです。
そして
清盛の心の葛藤。 氏より育ち』? or 『育ちより氏』? が描かれました。
女性への愛を通して、清盛の心の葛藤が、うかがわれました。
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まずは・・・
清盛の心の葛藤。
清盛の出生と生い立ち・・・
育ちは、『武士』です。
武士である平忠盛の長男として生まれ、父の武士魂の教育を受け、父の悲願:『武士の時代』を旗頭に、その実現をめざし戦う。・・と
そして
氏は、『朝廷』です。
清盛の生母は不明。
だが…『平家物語』では、忠盛の妻となった時には既に白河法皇の子を宿していた・白河法皇に仕えた祇園女御が母です。
武士と朝廷の、両方の血
を持つ清盛。
…両方の血が持つ、2種の相反する潜在的意識が・・・両者の世界を見ながら成長していく清盛の中で 育っていった???
…晩年の清盛は、武士の血よりも、朝廷の血が・・・色濃く表れてきた のだろうか??? 疑問だらけです
では。 と・・・
清盛の足跡をたどリ…清盛の心の検証をする。しかなかろう。と。 またもや、今日・28日は京都です。
まずは・・・
『若一神社』
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京都駅よりJR駅を一つ西へ。 西王路駅下車。
平清盛は、ここ京都に、邸宅(別宅)である、『西八条第』を建立。
その折、敷地内の鎮守社として、紀州熊野の若一王子を祀った。 『若一神社』の始まり。
当時は、
『若一神社』周辺に、60以上もの、平一族の館があったとのこと。 今は、『若一神社』のみが、当時の繁栄を 語るのみです。
若一神社の前にそびえ立つ、シンボルの大楠。 『清盛御手植楠』
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『西八条第』が火災にあっても、焼け残った清盛御手植楠。
清盛の権力を表すような…壮大な大きな楠。 写真に納まりません。
25日の大河ドラマをご覧になりましたか?
清盛の寵愛を受けた・白拍子の祗王:祗女姉妹 と その二人の後に清盛の寵愛を受ける・仏御前 と 清盛の
・・・・三角関係の、切なくも壮絶な、話と場面。
『祗女歌碑』 『若一神社』の庭 『清盛像』
。 寄り添うように立っていました。
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祇王歌碑:
『萌えいずるも 枯るるも同じ野辺の草 何れか秋にあはではつべき』
大河ドラマでは・・
祗女姉妹と仏御と清盛の、4人の舞台は、福原の清盛殿での話。 となっていました。
事実は・・
ここ・京都。 『若一神社』のある、『西八条第』での話。 です。
始まり~!始まり~!
この頃・・
都に聞えた白拍子の上手。 祗王、祗女と言う姉妹 があった。
近江の国野洲江辺庄の生れ。 父九郎時定は、江辺庄の庄司であったが、罪あって、北陸に流される。
で・・
2姉妹は、母と共に京都に出て、白拍子となります。
後・・
姉の祗王が、清盛の寵を得て、妹・祗女も有名となり、毎月清盛からの百石百貫の手当もあり、安隠に暮らしていました。
或時・・
清盛が、祗王に、「何か欲しいものがあるか?」と尋ねる。
と・・
祗王は、「自分の生国は水の便が悪く、毎年旱害を受け、一庄三村は飢餓に苦しんでいるから、願わくば、水利を得させて戴きたい。」と願った。
で・・
清盛は、早速、野洲川から三里の溝を掘らせ、水を通した。里人はこれを徳とし溝を名づけて、『祗王井川』と呼び、今に至っている。
めでたし!めでたし!
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平家物語の巻頭:
『祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。・・・・』と。 美しい書き出し。
そして、更に、平家物語を、読み進むと:
祗王祗女の事が出る。 平氏全盛の頃。 平清盛と二人の女性の物語です。
上記のとおり!
ところが・・・世の常??
2姉妹の前に…新しき女性の出現。『仏御前』と呼ばれる…白拍子の出現。 年にして17歳の、新白拍子です。
仏御前は、 ここ・京都の、清盛の『西八条の殿』に現れ・・「舞をお目にかけたい!」と申し出た。
清盛は、門前払いをしたが、祗王がやさしく取りなしたので…清盛は呼び入れて、今様を歌わせる。
仏御前・・・
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『君を初めて見る折は 千代も歴ぬべし姫小松
御前の池なる亀岡に 鶴こそ群れいて遊ぶめれ』
と。三べん。 今様を歌います。
清盛・・・
たちまち心動かして、2姉妹から、仏御前に 心を移した。
昨日までの寵愛は何処へやら?? 祗王・2姉妹は、清盛殿を 追い出されることになった。
あくる春になって…
ここからが・・・先週の清盛大河ドラマの名場面。 歴史にも名高き場面。
始まり!始まり!
清盛は、「仏が退屈しているから、舞を舞って仏をなぐさめよ!」 と、祇園・2姉妹に 使者を送る。
祇園は・・・
清盛と仏御の前で、歌い舞った。
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『仏もむかしは凡夫なり われらも遂には仏なり
いずれも仏性具せる身を 隔つるのみこそ悲しけれ』
と。 並居る諸臣も、涙を絞った
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祇園・2姉妹が、踊り舞った後に・・・
清盛… 「お前も歌い踊れ!」 と。仏御に強要。
仏御… 「いやでございます!」 と。 清盛に反発。
清盛… 烈火のごとく、阿修羅のごとくに、怒り狂う。危うし! 清盛の部下の采配で、命を救われる仏。 安堵! ほっ!
祗王・2姉妹:
「かくて都にあるならば、又うき目を見むづらん、いずれか秋にあわで果つべき・・・今は都を外に出でん」とて・・・。
祗王21歳。祗女19歳、母刀自45歳。の3人:
髪を剃って尼となり、嵯峨の山里、『祇王寺』の地に、世を捨て、仏門に入る。
『祇王寺』
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女心の切なさや!
ものの哀れの切なさや!
美しい
その『祇王寺』に・・
母子三人・念仏している所へ・・・竹の編戸を、ほとほと、たたく者がある。 ノック!ノック! 「開けておくれやす!」と。
出て見ると・・・そこに立つのは…思いもかけぬ、『仏御』であった。
『仏御前』:
戸口に立って、涙ながらに、申し出た
。
「祗王様方の不幸を思うにつれ・・。 『・・・いずれか秋にあはで果つべき』と書き残された歌(『若一神社』の歌碑)を誦するにつれ・・。
無常を感じ・・・。 今朝、館をまぎれ出でて、かくなりてこそ参りたれ!」 と。
祇園姉妹:
仏御が被っていた衣を、打ちのけ…垣間見れば・・
。 剃髪した尼の姿。!!!
仏御:
わずかに、17歳にこそなる人・仏御。 『浄土を願わんと深く思い入り給うこそ!』 と。
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祇王2姉妹とその母。と 仏御。
4人一緒に、『祇王寺』に籠って…
朝夕の仏前に香華を供えて、4人皆、往生の本懐を遂げた。 のです!
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愛する清盛への愛。 そして 仏陀への愛。 と。 『愛』を貫いた3女性の人生。
あっぱれというか、哀しというか・・・。 それぞれの人生で、
何かを貫く姿
は美しい! かくありたいものです
清盛の白拍子3人への愛 と 清盛の生母への愛。 合いつながるのでしょうか??
次には・・・
『生母への清盛の愛』
の巻。
『厳島神社』
平安時代末期: 厳島神社神主・佐伯景弘と、当時の安芸守・平清盛の 結びつきを契機に、平家一族から、崇敬を受けた。
仁安3年(1168年)頃: 平清盛が、社殿を造営し、現在と同程度の大規模な社殿 を整えた。
平家一門の隆盛とともに・・厳島神社も栄えて・・『平家の氏神』となった。
厳島社を崇敬した平清盛は
摂津(神戸)に、築島(経が島)を造成した際に、同島に社殿を構えて、厳島社を勧請。 後に、清盛の母の霊を合祀した。
更に、後に・・・
清盛は、その、摂津の厳島神社を、京都に遷座させた。
清盛生母の菩提寺: 京都: 『厳島神社』 入口
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今は・・・京都御所・京都御苑の中にあります。
京都: 『厳島神社』 鳥居の石が珍しく、日本文化遺産です。
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京都・厳島神社は・・・
後世、五摂家の一門の、九条家の邸宅に取り込まれて・・・同家の鎮守として、崇敬される。
明治になって、九条家は東京へ転宅。・・・その邸宅も東京へ移築されたが、当神社はそのまま残された。 そして今に至る。
京都・『厳島神社』 『高倉橋』
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社殿の前の池と橋。 一人の男性が、いつまでも動かず、想いに浸っていました。
清盛同様に・・・母を想い・・・涙しておられるのだろうか???
高倉橋の川面近くの 『紅葉と落ち葉』
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『沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し・・・・。』
確かに・・・
人も世も・・・唯春の夜の夢の如し・・・・。
しかし・・・
人は、今を生きる! 『高倉橋』で。 結婚式を終えたばかりの二人でした
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次に・・・
平清盛誕生の秘話が隠されている 『忠盛灯籠』
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白河院が、五月雨の降る夜
、祇園女御の許に赴こうとしてこの辺りを通られた。
その折・・・
前方に鬼のようなものが見えた。
院は、お供の平忠盛(清盛父)に、「あれを討ち取れ!」と。 仰せられる。
忠盛は、「その正体を見定めての上で!」と。 これを生け捕りにした。
正体は、祇園の社僧。 油壷と松明とを持ち、灯籠に燈明を献ろうとしていた。
この灯籠
は、その時のもの。 といわれている。
院は、忠盛の、冷静沈着な思慮深さを褒め・・・この夜も通っていた祇園女御を、忠盛に与えた。その祇園女御は忠盛の妻になった。
しかも、そのとき既に、祇園女御は、院の子を懐妊していた。
清盛の誕生秘話。
『清盛は忠盛の子にあらず、まことに、白河院の皇子なり。』 と。 『平家物語』は語る。
清盛の父・忠盛は・・・
生涯。 妻・清盛の生母・祇園女御を、心から愛した
。
清盛は・・・
母も、本妻も、愛した女性たちも・・・朝廷の女性たちです
そして次は・・・
『清盛の武士の世』完成前の清盛の苦しみ。
まずは
『後白河天皇』の第三皇子・『以仁王』(もちひとおう)。 を偲びます。
先週・25日の『平清盛』のクライマックスシーン!!
『以仁王』の謀反。
清盛打倒命令:『以仁王の令旨』を、全国に向けて出して、源氏に平氏打倒の挙兵を促した『以仁王』。
半生を耐え忍んだ、以仁王の御所跡。 『高倉宮』 今は碑が残るだけでした。
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邸宅が、三条高倉にあったことから、『高倉宮』 と称された。
『以仁王』
幼少から、英才の誉れが高く、学問や詩歌、特に書や笛に秀でていた。
母の実家は閑院流藤原氏で家柄も良く、皇位継承において有力候補であった。
が・・・
異母弟である、憲仁親王、の生母である平滋子(清盛の妹)の妨害に遭って、皇位継承を阻止された。 ”清盛や!憎し!”と。
更に・・
治承3年(1179年)11月:
平清盛は、クーデターを起こし・・・
『以仁王』の父:『後白河法皇』を幽閉。 以仁王も、長年知行してきた、常興寺領を没収された。 またもや…”清盛や!憎し!”と。
治承4年(1180年)4月:
ついに・・・
つらく耐えがたき半生を、耐えに耐えてきた…『以仁王』。平氏討伐を決意!!
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決意したした以仁王・・・
源頼政の勧めに従って、『平氏追討の令旨』、を全国に出す。
自らも・・・
『最勝親王』と称して、挙兵を試みた。 が・・・準備が整わないうちに、計画が平氏方に漏れた。
同・5月15日:
平氏の圧力による・・勅命と院宣 の発布。
で・・・
以仁王は、皇族籍を剥奪され、源姓を下賜され「源以光」となり、土佐国への配流が決まった。
その5月15日の夜:
以仁王は、物詣を装って 脱出。 大脱走!
5月16日:
以仁王が園城寺に逃れていることが判明し、21日に、兵士は、園城寺への、攻撃を決定する。
5月26日:
頼政が、宇治で防戦して時間を稼いでいる間に、以仁王は興福寺へ向かったが・・・
同日中に:
南山城の加幡河原で、平氏家人の藤原景高・伊藤忠綱らが率いる追討軍に追いつかれて・・・討たれた。
以上。『平家物語』は、『以仁王』光明山鳥居の前での戦死。 とする。
最後に・・・
『三十三間堂』
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本尊は千手観音。 今日も祈る・・。
三十三間堂のあたりには、もともと、『後白河上皇』が、離宮として建てた『法住寺殿』があった。
その広大な、法住寺殿の一画に、敷地内の鎮守社として建てられたのが、『三十三間堂』。 蓮華王院本堂。です。
…『後白河上皇』の権力の大きさを、うかがい知ります
その、『三十三間堂』
その昔・・・
『後白河上皇』が、平清盛に建立の資材協力を命じて、長寛2年12月17日(1165年1月30日)に、完成したという。
清盛と後白河上皇と後白河天皇の第三皇子・以仁王。 3人。
友好関係の3人 ~ 敵対視で幽閉の身へ ~ 討ち取り。 ・・・へ。 と。
武士である平忠盛の長男として生まれ、父の武士魂の教育を受け、父の悲願:『武士の時代』を旗頭に、朝廷と戦う清盛。
人の心は変わる。 時代も変わる。
以上。
感無量で、平清盛の足跡検証、京都の旅の終了です。 お付き合いありがとうございました
来週・2日は
武士の清盛が、武士の頼朝に 負ける。
『祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。』
皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。 先人たちに学び、自分の真の生き方を見つけて、今日も賢く過ごしましょう!
昭和46年の結婚から、今年の平成24年まで、41年。 41本の大河ドラマを見ていることになる。
いやいや
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今年は 『平清盛』。
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先週・11月25日の『平清盛』
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後白河天皇の第三皇子・以仁王(もちひとおう)の反乱。に苦しむ清盛。
以仁王は、『以仁王の令旨』を出して、源氏に平氏打倒の挙兵、を促したのです。
そして
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女性への愛を通して、清盛の心の葛藤が、うかがわれました。
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まずは・・・
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清盛の出生と生い立ち・・・
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武士である平忠盛の長男として生まれ、父の武士魂の教育を受け、父の悲願:『武士の時代』を旗頭に、その実現をめざし戦う。・・と
そして
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清盛の生母は不明。
だが…『平家物語』では、忠盛の妻となった時には既に白河法皇の子を宿していた・白河法皇に仕えた祇園女御が母です。
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…両方の血が持つ、2種の相反する潜在的意識が・・・両者の世界を見ながら成長していく清盛の中で 育っていった???
…晩年の清盛は、武士の血よりも、朝廷の血が・・・色濃く表れてきた のだろうか??? 疑問だらけです
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では。 と・・・
清盛の足跡をたどリ…清盛の心の検証をする。しかなかろう。と。 またもや、今日・28日は京都です。
まずは・・・
『若一神社』
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京都駅よりJR駅を一つ西へ。 西王路駅下車。
平清盛は、ここ京都に、邸宅(別宅)である、『西八条第』を建立。
その折、敷地内の鎮守社として、紀州熊野の若一王子を祀った。 『若一神社』の始まり。
当時は、
『若一神社』周辺に、60以上もの、平一族の館があったとのこと。 今は、『若一神社』のみが、当時の繁栄を 語るのみです。
若一神社の前にそびえ立つ、シンボルの大楠。 『清盛御手植楠』
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『西八条第』が火災にあっても、焼け残った清盛御手植楠。
清盛の権力を表すような…壮大な大きな楠。 写真に納まりません。
25日の大河ドラマをご覧になりましたか?
清盛の寵愛を受けた・白拍子の祗王:祗女姉妹 と その二人の後に清盛の寵愛を受ける・仏御前 と 清盛の
・・・・三角関係の、切なくも壮絶な、話と場面。
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祇王歌碑:
『萌えいずるも 枯るるも同じ野辺の草 何れか秋にあはではつべき』
大河ドラマでは・・
祗女姉妹と仏御と清盛の、4人の舞台は、福原の清盛殿での話。 となっていました。
事実は・・
ここ・京都。 『若一神社』のある、『西八条第』での話。 です。
始まり~!始まり~!
この頃・・
都に聞えた白拍子の上手。 祗王、祗女と言う姉妹 があった。
近江の国野洲江辺庄の生れ。 父九郎時定は、江辺庄の庄司であったが、罪あって、北陸に流される。
で・・
2姉妹は、母と共に京都に出て、白拍子となります。
後・・
姉の祗王が、清盛の寵を得て、妹・祗女も有名となり、毎月清盛からの百石百貫の手当もあり、安隠に暮らしていました。
或時・・
清盛が、祗王に、「何か欲しいものがあるか?」と尋ねる。
と・・
祗王は、「自分の生国は水の便が悪く、毎年旱害を受け、一庄三村は飢餓に苦しんでいるから、願わくば、水利を得させて戴きたい。」と願った。
で・・
清盛は、早速、野洲川から三里の溝を掘らせ、水を通した。里人はこれを徳とし溝を名づけて、『祗王井川』と呼び、今に至っている。
めでたし!めでたし!
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平家物語の巻頭:
『祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。・・・・』と。 美しい書き出し。
そして、更に、平家物語を、読み進むと:
祗王祗女の事が出る。 平氏全盛の頃。 平清盛と二人の女性の物語です。
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ところが・・・世の常??
2姉妹の前に…新しき女性の出現。『仏御前』と呼ばれる…白拍子の出現。 年にして17歳の、新白拍子です。
仏御前は、 ここ・京都の、清盛の『西八条の殿』に現れ・・「舞をお目にかけたい!」と申し出た。
清盛は、門前払いをしたが、祗王がやさしく取りなしたので…清盛は呼び入れて、今様を歌わせる。
仏御前・・・
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御前の池なる亀岡に 鶴こそ群れいて遊ぶめれ』
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清盛・・・
たちまち心動かして、2姉妹から、仏御前に 心を移した。
昨日までの寵愛は何処へやら?? 祗王・2姉妹は、清盛殿を 追い出されることになった。
あくる春になって…
ここからが・・・先週の清盛大河ドラマの名場面。 歴史にも名高き場面。
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清盛は、「仏が退屈しているから、舞を舞って仏をなぐさめよ!」 と、祇園・2姉妹に 使者を送る。
祇園は・・・
清盛と仏御の前で、歌い舞った。
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いずれも仏性具せる身を 隔つるのみこそ悲しけれ』
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祇園・2姉妹が、踊り舞った後に・・・
清盛… 「お前も歌い踊れ!」 と。仏御に強要。
仏御… 「いやでございます!」 と。 清盛に反発。
清盛… 烈火のごとく、阿修羅のごとくに、怒り狂う。危うし! 清盛の部下の采配で、命を救われる仏。 安堵! ほっ!
祗王・2姉妹:
「かくて都にあるならば、又うき目を見むづらん、いずれか秋にあわで果つべき・・・今は都を外に出でん」とて・・・。
祗王21歳。祗女19歳、母刀自45歳。の3人:
髪を剃って尼となり、嵯峨の山里、『祇王寺』の地に、世を捨て、仏門に入る。
『祇王寺』
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女心の切なさや!
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その『祇王寺』に・・
母子三人・念仏している所へ・・・竹の編戸を、ほとほと、たたく者がある。 ノック!ノック! 「開けておくれやす!」と。
出て見ると・・・そこに立つのは…思いもかけぬ、『仏御』であった。
『仏御前』:
戸口に立って、涙ながらに、申し出た
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「祗王様方の不幸を思うにつれ・・。 『・・・いずれか秋にあはで果つべき』と書き残された歌(『若一神社』の歌碑)を誦するにつれ・・。
無常を感じ・・・。 今朝、館をまぎれ出でて、かくなりてこそ参りたれ!」 と。
祇園姉妹:
仏御が被っていた衣を、打ちのけ…垣間見れば・・
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仏御:
わずかに、17歳にこそなる人・仏御。 『浄土を願わんと深く思い入り給うこそ!』 と。
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祇王2姉妹とその母。と 仏御。
4人一緒に、『祇王寺』に籠って…
朝夕の仏前に香華を供えて、4人皆、往生の本懐を遂げた。 のです!
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愛する清盛への愛。 そして 仏陀への愛。 と。 『愛』を貫いた3女性の人生。
あっぱれというか、哀しというか・・・。 それぞれの人生で、
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清盛の白拍子3人への愛 と 清盛の生母への愛。 合いつながるのでしょうか??
次には・・・
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『厳島神社』
平安時代末期: 厳島神社神主・佐伯景弘と、当時の安芸守・平清盛の 結びつきを契機に、平家一族から、崇敬を受けた。
仁安3年(1168年)頃: 平清盛が、社殿を造営し、現在と同程度の大規模な社殿 を整えた。
平家一門の隆盛とともに・・厳島神社も栄えて・・『平家の氏神』となった。
厳島社を崇敬した平清盛は
摂津(神戸)に、築島(経が島)を造成した際に、同島に社殿を構えて、厳島社を勧請。 後に、清盛の母の霊を合祀した。
更に、後に・・・
清盛は、その、摂津の厳島神社を、京都に遷座させた。
清盛生母の菩提寺: 京都: 『厳島神社』 入口
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今は・・・京都御所・京都御苑の中にあります。
京都: 『厳島神社』 鳥居の石が珍しく、日本文化遺産です。
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京都・厳島神社は・・・
後世、五摂家の一門の、九条家の邸宅に取り込まれて・・・同家の鎮守として、崇敬される。
明治になって、九条家は東京へ転宅。・・・その邸宅も東京へ移築されたが、当神社はそのまま残された。 そして今に至る。
京都・『厳島神社』 『高倉橋』
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社殿の前の池と橋。 一人の男性が、いつまでも動かず、想いに浸っていました。
清盛同様に・・・母を想い・・・涙しておられるのだろうか???
高倉橋の川面近くの 『紅葉と落ち葉』
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『沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し・・・・。』
確かに・・・
人も世も・・・唯春の夜の夢の如し・・・・。
しかし・・・
人は、今を生きる! 『高倉橋』で。 結婚式を終えたばかりの二人でした
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次に・・・
平清盛誕生の秘話が隠されている 『忠盛灯籠』
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白河院が、五月雨の降る夜
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その折・・・
前方に鬼のようなものが見えた。
院は、お供の平忠盛(清盛父)に、「あれを討ち取れ!」と。 仰せられる。
忠盛は、「その正体を見定めての上で!」と。 これを生け捕りにした。
正体は、祇園の社僧。 油壷と松明とを持ち、灯籠に燈明を献ろうとしていた。
この灯籠
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院は、忠盛の、冷静沈着な思慮深さを褒め・・・この夜も通っていた祇園女御を、忠盛に与えた。その祇園女御は忠盛の妻になった。
しかも、そのとき既に、祇園女御は、院の子を懐妊していた。
清盛の誕生秘話。
『清盛は忠盛の子にあらず、まことに、白河院の皇子なり。』 と。 『平家物語』は語る。
清盛の父・忠盛は・・・
生涯。 妻・清盛の生母・祇園女御を、心から愛した
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清盛は・・・
母も、本妻も、愛した女性たちも・・・朝廷の女性たちです
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そして次は・・・
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まずは
『後白河天皇』の第三皇子・『以仁王』(もちひとおう)。 を偲びます。
先週・25日の『平清盛』のクライマックスシーン!!
『以仁王』の謀反。
清盛打倒命令:『以仁王の令旨』を、全国に向けて出して、源氏に平氏打倒の挙兵を促した『以仁王』。
半生を耐え忍んだ、以仁王の御所跡。 『高倉宮』 今は碑が残るだけでした。
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邸宅が、三条高倉にあったことから、『高倉宮』 と称された。
『以仁王』
幼少から、英才の誉れが高く、学問や詩歌、特に書や笛に秀でていた。
母の実家は閑院流藤原氏で家柄も良く、皇位継承において有力候補であった。
が・・・
異母弟である、憲仁親王、の生母である平滋子(清盛の妹)の妨害に遭って、皇位継承を阻止された。 ”清盛や!憎し!”と。
更に・・
治承3年(1179年)11月:
平清盛は、クーデターを起こし・・・
『以仁王』の父:『後白河法皇』を幽閉。 以仁王も、長年知行してきた、常興寺領を没収された。 またもや…”清盛や!憎し!”と。
治承4年(1180年)4月:
ついに・・・
つらく耐えがたき半生を、耐えに耐えてきた…『以仁王』。平氏討伐を決意!!
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決意したした以仁王・・・
源頼政の勧めに従って、『平氏追討の令旨』、を全国に出す。
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自らも・・・
『最勝親王』と称して、挙兵を試みた。 が・・・準備が整わないうちに、計画が平氏方に漏れた。
同・5月15日:
平氏の圧力による・・勅命と院宣 の発布。
で・・・
以仁王は、皇族籍を剥奪され、源姓を下賜され「源以光」となり、土佐国への配流が決まった。
その5月15日の夜:
以仁王は、物詣を装って 脱出。 大脱走!
5月16日:
以仁王が園城寺に逃れていることが判明し、21日に、兵士は、園城寺への、攻撃を決定する。
5月26日:
頼政が、宇治で防戦して時間を稼いでいる間に、以仁王は興福寺へ向かったが・・・
同日中に:
南山城の加幡河原で、平氏家人の藤原景高・伊藤忠綱らが率いる追討軍に追いつかれて・・・討たれた。
以上。『平家物語』は、『以仁王』光明山鳥居の前での戦死。 とする。
最後に・・・
『三十三間堂』
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本尊は千手観音。 今日も祈る・・。
三十三間堂のあたりには、もともと、『後白河上皇』が、離宮として建てた『法住寺殿』があった。
その広大な、法住寺殿の一画に、敷地内の鎮守社として建てられたのが、『三十三間堂』。 蓮華王院本堂。です。
…『後白河上皇』の権力の大きさを、うかがい知ります
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その、『三十三間堂』
その昔・・・
『後白河上皇』が、平清盛に建立の資材協力を命じて、長寛2年12月17日(1165年1月30日)に、完成したという。
清盛と後白河上皇と後白河天皇の第三皇子・以仁王。 3人。
友好関係の3人 ~ 敵対視で幽閉の身へ ~ 討ち取り。 ・・・へ。 と。
武士である平忠盛の長男として生まれ、父の武士魂の教育を受け、父の悲願:『武士の時代』を旗頭に、朝廷と戦う清盛。
人の心は変わる。 時代も変わる。
以上。
感無量で、平清盛の足跡検証、京都の旅の終了です。 お付き合いありがとうございました
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来週・2日は
武士の清盛が、武士の頼朝に 負ける。
『祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅雙樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。』
皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。 先人たちに学び、自分の真の生き方を見つけて、今日も賢く過ごしましょう!