マリアテレジアの独り言

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聖マタイ使徒福音記者 祝日・・・『「わたしに従いなさい。」マタイは立ち上がってイエスに従った。』

2017-09-21 22:13:23 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

 今日は9月21日。 聖マタイ使徒福音記者 祝日』。

     

マタイは、カファルナウムに生まれ、イエスに招かれたときは徴税人であった。
イエスの12人の使徒の1人で、ヘブライ語(アラム語)で福音書を書き記し東方で福音を宣教した。
最期は、エチオピア または ペルシアのヘリオポリス殉教した。
                       
『毎日の読書』より。

 今日は『聖マタイの生涯』 をたどりたいと思います。 よろしくお願いいたします

『今日の集会祈願』  

『すべての人の救いを望まれる神よ、
あなたは限りない慈しみをもって徴税人マタイを選び、使徒とされました。
わたしたちも聖人の模範にならい、すべてを超えてあなたに従うことができますように。』


まずは。

聖マタイの召命』 
 
         カラヴァッジオ作品。

右端のイエス:「わたしに従いなさい」と、マタイを指さし、言われる。
マタイの仲間:「えぇ~!マタイですか?」とばかりに、マタイを指さしている。
左端のマタイイエスに声をかけられ、驚いてだろうか? おそらく畏れ多くて、机に伏している。

今日の福音 イエスの御言葉』

『イエスは、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて「わたしに従いなさい」と言われた。 
彼は立ち上がってイエスに従った。』 マタイ福音書 9章9-13節


マタイは、イエスの『一言:わたしに従いなさい』で、立ち上がり、すべてを捨てて、イエスに従いました。

どうしてそんなことが、できるのでしょう?

イエスの風格には、”この人についていきたい!”と思わせる、威厳と優しさが混在していたのでしょうか?
マタイは、自分が罪深く、『誰からも声をかけてもらえるような者でない』、と思っていたのでしょう。
  そんなマタイに、イエスは、差別することなく、声をかけ、使命を与えたのです。
マタイは、迷うことなく、イエスに従いたいと思ったことでしょう!

イエスは、マタイのように自分の罪を認める人には、赦しを与えるのです。
一方。
イエスは、自分は正しいと考えて赦しも救いも求めない人には、何もおできにならないのです。

次に。

マタイは、イエスの使徒となると同時に、福音書の第一の著者となりました。

『聖マタイと天使』
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                ミケランジェロ・メリージ(別名カラヴァッジョ)作品。

福音書を書く聖マタイと、彼に助言をするかのような天使の図です。
天使の指は、何を意味するのでしょうね?
マタイは、椅子に座るのではなく、椅子に乗って書いていますね。思いがあふれてるということでしょうか?

もう一枚。

『聖マタイと天使』
 
         グイド・レーニ作品。

天使とマタイが、優しい目で見つめ合いながら、真剣に話し合っている雰囲気が伝わります。
   ・・・ひょっとして、天使は聖霊。聖霊の化身でしょうか?と、思ってみたりします。
マタイは、聖霊に満たされて、聖書を書いた。ということではないか・・・? と、思ってみたりもします。

マタイが福音書をヘブライ語(アラム語)で書き、弟子がギリシア語に訳したと伝えられています。
私たちも、マタイが天使と共に書いた『福音書』をしっかり読んで、人様に宣教しなければなりません。


そして。

最期。

『マタイの殉教』
 
          ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ 作品。

マタイは、イエスの死後も、初期教団内に留まり、初期教団内のヘブライズムの中心人物の一人でした。

その後。

マタイは、東方で福音を宣教し、最期は、エチオピア または ペルシアのヘリオポリスで殉教しました。

 
当時のパレスチナでは・・・
多くのユダヤ人の徴税人が、ローマ帝国の役人として、活動していました。
彼らは税率以上のものを要求することが多かったため,同国人から尊敬されていなかったようです。
他のユダヤ人たちは,徴税人を罪人とされた人々の部類に入れ、一般に徴税人と進んで交わろうとしませんでした。

イエスは、
徴税人の間にあった腐敗を大目に見ることはされませんが、そんな徴税人を見捨てることはありませんでした。
『わたしが来たのは、正しい人を招くためでなく、罪人を招くためである。』(今日の福音より)と言われるとおりに、
罪人と呼ばれる人たちを訪れ、話をし、友情のしるしである食事を一緒になさいました。

イエスは、
自分を義にかなっているとみなす高慢な人よりも,
自分が罪人であることを謙遜に認めて悔い改める人たちを、義に適う者とされました。

私たちキリスト者も、
聖マタイのように、イエスに呼ばれ、その憐れみを感じ、その慈悲によって赦しを受けました。
聖マタイのように、神から赦された者として、互いに赦しあい、お人を大切にして、キリストの救いの業を続けましょう!

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
人の人生いろいろ。人の人生から沢山を学ばせて頂きます。 私たちも、更なる高みを目指しましょう!

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9月21日。 今日の走距離 30㎞。

4時半。朝ラン開始。
そして、『15㎞地点』=『私設エイド地点』=『自宅郵便受』に到着。 郵便箱に用意したスポーツドリンクを一気に飲む。
すぐに、再出発。 そしてもう一度。 いつもの朝ランコース:15㎞を終了。 15㎞×2回=30㎞=『今日の目標』をクリア!
で…”よっしゃ!”と、ちょっぴり自信が生まれた。 感謝!感謝!

9月の運動: ランニング202㎞(今週:75㎞。今週目的:63㎞) 階段上り下り 0回 登山 0回