新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

Koreatownの落日の始まりか?

2014-08-20 16:42:27 | コラム
「大使館」が閉店した:

これはKoreatown の落日の始まりかと思う時、一寸不安にさせられる。

週刊新潮の8月28日号の168頁に、“新大久保コリア街「名物店」も消える「閉店のソナタ」”という見出しの記事を発見して「知らなかった」と些か驚かされた。掲題の「大使館」とは職安通りにある大型の韓国料理店で、その敷地内(なのか?)には日韓共催のゥワールドカップが開催された際に赤いシャツの韓国人が大勢集まって「テーハン・ミック」と応援した駐車場がある。何度もテレビのニュースに採り上げられて有名になった店である。

私は新店だし道路にこれ見よがしに設置されたメニューの看板を見れば「いくら何でも高過ぎるだろう」と思わせたし、入ろうとも思わなかった大規模店である。それが4月以来足を踏み入れなかった職安通りで閉店にまで追い込まれていたとは、驚きを超えてこの地区の崩壊危機が迫ったのではないかと思わずにはいられなかった。

近頃は大久保通りもバスの中からしか観察していないので、事態がどれほど悪化したかを確認出来ていない。だが、規模の大きい小売店が既に数件廃業したのは承知していた。ここから見える韓国名をハングルで表示したビルも春頃に「閉店」の札を貼って以来、1階部分は放置されたままである。

つい先日、「経済的な韓国製化粧品を継続的に買おうとする女性は明らかに減少したが、未だに来る人が残っているようだ」とは指摘したばかりだ。だが、心中では「女性たちは対韓国の政治的な関係などはさて措いて、経済性を尊重してを買い続けているのだろうか」と推理していた。韓国料理店への客足は既に落ちているのは確かだが、閉店を知ったのは今回が初めてで、しかも週刊誌を通して知ったのは言わば「特落ち」かと反省して?いる。

これでは当分の間は散歩の経路を大久保通り経由で職安通りにせねばなるまいかなどと考えている。以前から識者が指摘し、私も危険に思っていることは「Koreatownの衰退はこの百人町・大久保界隈のスラム化への第一歩となるから」である。それ以上に厭な感じがすることは「撤退するであろう韓国人がその衰退を誰の責任にするか」である。そう言う根拠は室谷氏、松木氏、シンシアリー氏の韓国を論じられた本に明らかに指摘されていると思う。

因みに、「大使館」は大久保通りと共にKoreatownを構成する職安通り(今や職安ではなく「ハローワーク」があるが)沿いにある。この通りの方が新大久保駅からは遠く、圧倒的に韓国料理店が多い。その点でも不利だったのかと考えている。繰り返しになるが、4月に私が勝手に三大名店の一つに指定していた「田舎屋」も、昼時に暫くぶりに訪れた我ら夫婦を除けばお客は二組という盛況?だった。

私の韓国対策論

2014-08-20 08:01:17 | コラム
「悪韓論」、「恥韓論」、「こうして捏造された先年の恨み」を読み終えて:

始めから著者は室谷克美氏、シンシアリー氏、松木国俊氏である。1971年に初めて韓国に社用で出張してから2000年代に入るまで公私で5回も韓国を訪問し、Koreatown の直ぐ近くに住んで多少は韓国のことを承知していると思っていた「韓国通」の私を粉砕された快感(?)を覚えさせられた3冊の新書だった。

これらの快作は全て異なる視点から韓国の問題点を指摘されと言うか抉り出され、我が国がその無理無法且つ虚偽に満ちた韓国の我が国を貶めようとする形振り構わぬ姿勢如何に対応すべきかを、ほぼ同じような結論を以て主張されていたと読んだ。しかし、その方法は簡単なものではなく、また長期戦を覚悟してかからねばならないと思わせられるものがあった。共通点は「躊躇しているべきではなく、時機を逸してはならない」と言っておられると読めた。

問題の容易ならざる点は、シンシアリー氏が指摘したような「日本は遠慮すすることなく真正面から我が国が主張すべきことを韓国に向かって主張し続けていくべきである。そうでもしない限り韓国は我が国の非難をし続けるだろう」辺りにもある」と読めた。だが、松木氏の本を読めば、彼等と表面的な議論を戦わせてそこに出てきた現象だけを叩いていては「先年の恨み」を破壊出来そうにはないと思えてくる。

XX婦論が虚構であったとか、朝日が虚偽の報道を長い年月し続けて国を貶めたというのは現象であって、問題の根本を破壊して韓国の誤りを正すこととは別な問題でしかないと痛感している。「先年の恨み」となって出てきている根本にある韓国の誤った歴史観と、自らの非を顧みずにその過ちを他人のせいにして恥じない民族性を徹底的に自覚させるまでの説得力が必要だろうと、私はこれらの3冊から読んだのだった。

外務省か外交ルートを通じてだの、官房長官が談話で不快の念を百回表しても、彼等は「百回言えば嘘も本当となる」との作戦を変えることはないだろう。その確信犯振りは、先頃フジのPrime News に登場した中央日報の記者の揺るがない表情を見ても解ることだ。彼等は「朝日の記事は彼等を援護するもので、韓国側がアメリカでロビーィングして日本を詰った等の報道こそが事実を歪曲する誤報だ」と平気で言える感覚の持ち主なのから。

私は河野談話がどうの等と言う小手先とは言わないが、既に表に浮かんできた現象をモグラ叩きのように叩いていっても、韓国側は痛痒を感じないと思っている。彼等が根に持っている歪んだ反日思想の根源を指摘してその誤りを自覚させねば、彼等は怯まないだろうと危惧する。「我々が正しいのだがら、何時かは彼等にもその意が通じて関係は改善出来る。我々に意志は通じる」などと、もしも当事者が考えているとしたら、それは大変危険な思い込みではないか、密かに考えている。遺憾ながら、性善説は我が国だけしか通用しないのだ。