丸富製紙のトイレットペーパーだった:
一昨日だったか、偶々通りかかった馴染みの薬局の店頭に、トイレットペーパーが魅力的な値段で出ていた。近寄って手に取ってみれば、丸富製紙の製品だった。丁度在庫が切れかかっていた時だったし、丸富の製品ならば信頼できるだろうと、躊躇することなく買い求めた。応対してくれた販売員も「滅多に出ない値段です」と言っていた。
トイレットペーパー等の家庭紙は、私の40年近い我が国とアメリカの紙パルプ産業界の経験でも守備範囲に入ったことがない分野だったが、丸富製紙がどのようなメーカーがくらいは承知していた。それと言うのも、丸富は早くから使用済みの牛乳パックを回収して再生した古紙パルプを原料に配合していた会社だったからだ。それに、私はウエアーハウザーの19年間にその牛乳パックの原紙となる液体容器原紙を、我が国に輸出する仕事を担当していたのだった。
ここで、この原紙の事情を解説しておくと、私が世界最高の製紙技術を持っていると見ている我が国では、この液体容器原紙は1 kgも生産しておらず、全てアメリカと北欧からの輸入に依存しているのだ。その理由は、この非常に優れた原木を使用する原紙は、大型の年産40万トン以上の能力がある抄紙機で製造しないことには採算に乗らないのだ。だが、我が国の総需要は21世紀に入ってからの最高の頃でも25万トンだったので、おいそれと国産化する訳には行かなかったのだ。
しかも、この原紙には北アメリカ産のSPFと言われているスプルース・パイン・ファー等の針葉樹の強靱な紙力を出せる(高価な)木材繊維が必要なのである。しかも、そのような最高級の原料を使って造られる牛乳パックは、1回使っただけで捨てられてしまうのは勿体ないことで何とか回収し、再生して、リサイクルできないのかと、一主婦である平井初美さんが目を付けられた。そして、その運動を起こされて、1984年に全国牛乳パックの再利用を考える連絡会(全国パック連)を設立されたのだった。
その回収された牛乳パックからの再生パルプを使っていたメーカーの1社が丸富製紙という図式である。ウエアーハウザーというか我が事業部というのか、私は一切この運動には関知しておらず、業界内の情報として丸富製紙が牛乳パックを回収して再生して生産したパルプを購入し、ヴァージンパルプ以外の原料として配合していることくらいは承知していた。
このパック連の運動は非常に貴重なことだったのだが、採算に乗るか否かという点では非常に微妙なところがあった。それは、以前にも述べたことで、使用済みのパックを切り開いて洗浄して束ね、全国各地々から専門の回収業者が集荷して、一旦倉庫にでも保管してから、トラック輸送でもかけて製紙工場に納入することになるのだ。この間の人件費、保管費、輸送コストを考える時に、費用対効果が如何なる事になるのかという問題が生じるのだ。
細かいことのようで大きな点に触れれば、「我が国の紙類の年間の生産量は約2,600万トンほどであり、それに要する原料はそれよりも大きくなるのだ。そこに、もしも全国津々浦々で消費されたパックの全量を回収できたとしても、最高潮の時期でも25万トンにしかならない計算になる。だが、現実には全量の回収はあり得ないことだ。また、このパックはパルパーという設備で原紙と両面にラミネートされているポリエチレンフィルムを剥がさねばならないので、この過程だけでも10%以上も目減りするのだ。また印刷されているインクも洗い流さないと汚れた再生オパルプになってしまうのだ。
ここで、何を言いたかったかと言えば「各方面の努力で優れた木材繊維を再生しようとしても、実際に古紙パルプとして製紙産業に貢献できる数量は決して魅力的なものではなくなるのだ」という点だった。しかも、昨今は牛乳が7万5千トンも余っていると報じられているように、消費者の趣味趣向が変わって牛乳の需要が減少した上に、学校給食向けの需要の減少もあるので、この原紙の輸入量も最盛期からは30%程減少したと聞いている。この様子では、どれほど古紙パルプに回っていくのかは極めて疑問だと思っている。
長々と述べてきたが、丸富製紙のトイレットペーパーを包装してあったフィルムには、牛乳パックの古紙を配合したとの記述はなかった。長い年月この原紙の我が国向けの輸出を担当してきた者としては一抹以上の寂しさを感じながら、トイレットペーパーを抱えて帰宅したのだった。風の噂によれば、全国パック連の運動は今や「使用済みの牛乳パックを回収して再生原料に」という主旨ではなく「貴重な天然資源を無駄にしないように」という「勿体ないことをしないように」との点を強調しておられるとかだ。
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