杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

若竹の立春朝搾り

2009-02-04 14:28:49 | 吟醸王国しずおか

 立春の今朝、『若竹』『おんな泣かせ』の蔵元・大村屋酒造場(島田市)に、“立春朝搾り”の撮影に行きました。

 

Dsc_0024  立春朝搾りというのは、全国有数の酒卸問屋・岡永が運営する日本名門酒会加盟の蔵元とその取引先小売店が、平成10年から始めたイベント。2月4日、立春の早朝に搾ったばかりの新酒を、その日のうちに消費者のもとへ届け、春の始まりを祝おうというわけです。

 

 2月3日の節分は、各地で豆まき行事などが行われ、賑やかに過ごしますが、豆まきで邪気を祓って迎える立春4日は、本来であれば正月と同様に大切にされる日なのに、季節感がなくなった今では普通の日として過ぎてしまいますね。日本酒の伝統を、立春を祝う日本古来の伝統に結びつけて、春の到来をお祝いし、日本酒の価値を見直してもらいたい、というのが趣旨のようです。

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 全国の名門酒会加盟の蔵元で、今朝は一斉にこの行事が行われました。昨年は37蔵が参加し、全体で13万5千本(4合瓶)が出荷され、今年は39蔵で14万本は突破したよう。低迷する日本酒業界において、1日だけの出荷数としては驚愕の数字です。業界活性化の刺激になっていることは確かなようですね。

 

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 朝5時前に蔵に着くと、すでに社員総出で準備にとりかかっていました。瓶洗いは前日から、酒は午前零時に搾り始め、仕込み真っ最中の蔵人も交代で瓶詰作業を手伝います。瓶詰ラインの出口で酒を箱詰めしているのは菅原杜氏。副杜氏の日比野さんもケース箱の間を縫うように飛び回っていました。

 

 

 

 

 5時45分に『若竹』を取り扱う静岡・神奈川・愛知の酒小売店主たちが集まり、“立春朝搾り”と書かれた肩ラベルを手分けして貼り、箱詰めをスタート。集まったのは115名。今年で12回目とあって、みなさん手慣れたものです。

 

Dsc_0027  瓶詰したのは、純米吟醸生原酒。菅原杜氏が故郷の岩手県で自ら栽培した酒造好適米・吟ぎんが55%精米で、マスカットの香りで知られる静岡酵母CA-50で仕込んだそうです。日比野さんいわく「上品でやさしくて、綿菓子みたいにフワッとした甘み。それでいて搾りたてのフレッシュ感が楽しめます」とのこと。

 ちなみにCA-50を使っている蔵は、今ではここだけ。立春朝搾りの酒は、毎年必ずCA-50で仕込むのだそうです。熟成させない鮮度が勝負!の酒だけに、少し落ち着いたほうが持ち味が生きる静岡酵母の定番・NEW-5やHD-1よりも向いているのかもしれません。

 

 

 蔵のスタッフを合わせ、約130名が早朝から瓶詰~ラベル貼り~梱包に一斉集中するのです。小1時間で4合瓶約6000本、一升瓶700本が詰め終わりました。

 

Dsc_0031 Dsc_0033  母屋では社長夫人の松永馨さんが、130人分の朝食を用意し、作業の合間に交代でいただきます。

 用意されたのは、炊きたての白いご飯、味噌汁、沼津の業者から取り寄せたひもの、松永社長の出身地長野県から取り寄せた野沢菜、馨さんお手製の奈良漬など。以前は節分にちなんで恵方巻を用意したこともあるそうですが、「白いご飯と奥さんの漬物がいい」という参加者の熱いリクエストで、シンプルな和定食メニューに落ち着いたとか。社長は「ラベル貼りよりも朝飯が楽しみで来る人もいるんだよ」と苦笑いします。

 私と成岡さんも、おこぼれを頂戴し、奈良漬の品の良い味わいに舌鼓を打ちました!

 

 

 7時35分からは、すぐ近くにある大井神社で全員参加のお祓い。儀式が終わった後、宮司さんが、「私も地元の住人として、地域に酒蔵があって、こういう伝統を大事にしてくれるというのが、何よりの誇りです」と語ったのが印象的でした。

 

Dsc_0043  『吟醸王国しずおか』では、日本酒と日本人の信仰心や神社・祭りとの結びつきを、大切なテーマの一つとして丁寧に描こうと思っていたので、今朝の神事と搾りたてのお神酒を味わう人々の表情が撮れたのは得難い経験でした。

 そして、吟醸仕込みの最盛期に、蔵に100人以上の取引先を集めてその日のうちに7000本近い酒を一気に搾り・瓶詰・出荷するという大変な行事を、12年も続けている松永社長。

 7月に七夕酒蔵コンサートを撮影した時も思いましたが、街の中心地にある酒蔵を活かす術をよく理解しておられ、社員や蔵人にも認識させ、会社をあげて、蔵の中と外の距離を縮める努力をされている。本当に得難い蔵元です。今朝もそのことを改めて実感しました。

 

 

 朝8時過ぎ。115名の酒屋さんが、一斉に自家用車に酒を詰め込んで帰路につきます。車のナンバーを見ると、浜松、沼津、湘南などずいぶん遠くからも集まってきたのがわかります。「毎年この酒を楽しみに待っているお客さんがいるんで」と、弾んだ声の酒屋さんたち。

 

Dsc_0058  ただ残念なのは、私たちが『吟醸王国しずおか』というドキュメンタリー映画を撮っているのを知っている酒屋さんが、一人もいなかったこと。声をかけてきた数人の質問はいずれも「どこのテレビ局ですか?」でした。

 

 

 

 地元の酒屋さんの認知度がこれほど低いのか~とガックリしてしまいましたが、唯一、湘南ナンバーの酒屋さんが関心を示し、「詳しく教えてください」と名刺交換してくれました。このブログ、読んでくれるといいんですけどね。・・・映画『吟醸王国しずおか』の“立春”は、いつやってくるんでしょうか。