20日(金)午後は静岡へ戻って、(独)中小企業基盤整備機構が開催する中小企業会計啓発・普及セミナーを取材しました。私が広報を担当する(社)静岡県ニュービジネス協議会が、静岡市内での開催を請け負って運営にあたったのですが、経済状況の厳しい中小企業の経理担当者に「会計を生かした経営力の高め方」をレクチャーするのに、なぜか会場はホテルでなければダメとのお達しだそうで、ニュービジネス協議会でもめったに使わないホテルアソシア静岡の小宴会場。会場は立派でも、講演・会議用の会場じゃないのでプロジェクターやAV機材がなく、ホワイトボードで手書きの講義を余儀なくされた講師の先生は、ずいぶんやりにくそうでした。なんて不効率なんでしょうね!?
講義の中心になったのは、経済オンチの私でも聞いたことのある「貸借対照表」「損益計算書」、そして「キャッシュフロー計算書」の重要性。
①すべての商売を現金で行い、儲けとお金が一致している。
②ものを売ってもすべて未回収(売掛金)で、仕入代金が支払えないので、借金して支払った。儲かっても手元にお金がない。
③ものを売ってすべて現金回収し、仕入代金は掛のまま残している(買掛金)ので、儲け以上にお金が手元にある。
という3つのケースがあるとします。
「貸借対照表」は経営に必要な道具(資産)をどうやって準備(調達)したかがわかる一覧表なので、①のように必要な道具はなるべく自前で準備したほうがいいし、借金して道具をそろえると、道具をつかって利益が出てもまず借金返済を優先せざるをえない。③のように借金返済まで猶予があればいいけど、今の日本の中小企業はほとんどが②の状態で、儲かっているのにお金がない=黒字倒産もあり、なんですね。
「損益計算書」は道具を使ってどうやって儲けたのかを一覧にしたもので、儲けの中身が売上高総利益中心だと、粗利が大きく売り上げが多い商売上手の会社。営業利益中心なら社員のコストパフォーマンスが高く管理がうまい会社、経常利益中心ならば在庫が少なく過剰投資もなく借金の少ない会社、と判断できるわけです。
「キャッシュフロー計算書」は両者をつなぐ決算書で、儲かって増えたおかねがどこへ行ったのか、損をして減ったお金をどこから補充してきたのか、お金の流れがわかる一覧表。
この3つの決算書を、何期かさかのぼって見比べることによって、「もっと上手に道具(資産)を使わなきゃならないな」「新しい道具が必要だけど過去に買った道具の借金も返さなきゃ」「儲かり商品を供給してくれた仕入先には長くおつきあいしてもらうためにも、ちゃんと払うものを払うべき時期に払わなきゃ。そのための金がつねに必要だ」などなど、どんな取引でお金が増減したかがちゃんと見えてきて、この先の経営戦略が立てやすくなる、というわけです。
中小企業基盤整備機構では、パソコン初心者でもかんたんに入力できて、売上等の集計ができる表計算ソフト「会計ふきゅうソフト」を無料配布しています。自分にはあんまり縁がないと思っていましたが、映画制作などで、この先ちゃんとした会計報告書も必要になるので、一生懸命トライしています。関心のある方はこちらをダウンロードしてみてください。
夜は、シズオカ文化クラブの第158回定例会「映画にみる昭和の静岡」に参加しました。マビック静岡市視聴覚センターなどで映画解説を担当する小澤正人さん(映画愛好グループ「映画狂室」「銀幕倶楽部」代表)が、銀幕全盛期の1950年代後半~60年代の日本映画で、静岡でロケした作品を紹介し、フィルムに残る当時の静岡の街の風景を懐かしもうという企画です。
司葉子・宝田明主演の「花の慕情」(1958年・東宝)では、華道の家元を継ぐ司葉子と、その弟の事故死に関係していた宝田明が周囲の反対の中、互いの愛情を確かめ合うシーンに、当時の駿府公園と宝台橋付近が使われていました。駿府公園のロケでは開館まもない駿府会館や児童会館、白いカラーのセーラー服―たぶん英和女学院の生徒が公園内を歩く姿も映っていました。
駿府公園の内堀は、今のようにきれいに整っていなくて、石積みの形状が生々しく、「あぁ、ここはほんとに人の手で築いた城跡だったんだ」とリアルに伝わってきます。周辺にさえぎる建物がないので、富士山がスカーっと見えます。2人の会話シーンのバックにちらっと映ったレンガ造りの裁判所も、ヨーロッパの街のように絵になっていて、静岡ってこんなに美しい街だったのか…とびっくりしました。
井川ダム建設時に溺れた潜水夫の救出大作戦を描いた「九時間の恐怖」(1957年・大映)では、実際に現場で救出にあたった静岡県警、中部電力、間組などが全面協力。路面電車が走っていた県庁前や県警本部周辺もリアルな舞台になっていました。この作品はセミドキュメンタリータッチを狙ったようで、いわゆるスター俳優は使わず、大映東京製作所俳優部に所属する俳優147人が総出演したそうです。
宇津井健主演の刑事サスペンス「東海道非常警戒」(1960年・新東宝)では、当時の静岡駅が、石原裕次郎主演のアクション映画「泣かせるぜ」(1965年・日活)では清水港と次郎長通りが、新藤兼人監督の「第五福竜丸」(1959年)では焼津港や焼津市役所がロケで使われました。
62年生まれの私には、どれもなんとな~くの記憶しかないのですが、シズオカ文化クラブの会員さんは、この頃青春時代を謳歌した団塊世代が中心なので、映像に食い入るように見入っては歓声を上げ、「司葉子を駿府公園に見に行ったのよ~」「実は井川ダムのエキストラで出ていたんだ」なんて人もいました。
青春時代を過ごした故郷の街が、こんなに美しい姿でフィルムに残っていて、それを振り返って愉しむことのできる今のシニアのみなさんは幸せだな、と思います。映画が最大の娯楽で、映画館で過ごす時間がイコール青春の思い出になっているんですものね。
この日、いろんな世代―子育て現役世代を支援する人々、厳しい経営環境の中で少しでも活路を見出そうとする中小企業経営者や経理担当の人々、激動の昭和~平成50年余を駆け抜けて今はおだやかに暮らす人々の表情に触れて、人ひとり、どんな時代に青春や子育てや働き盛りにぶち当たるかって大きいなぁとしみじみ思いました。
自分が生まれた昭和30年代後半から物心ついた昭和50年代前半までは社会に勢いがあった時代でしたが、20代前半は今思うと異常なバブル時代で、ライターで自立し始めたときは“失われた10年”が始まり、じっと踏ん張ってライターとしてステップアップできるかと思ったらこの景気。
一度、ちゃんと人生の「貸借対照表」と「損益計算書」をつくって、夢や目標の達成度を“キャッシュフロー計算”してみる必要があるかな、なんて思います。