13日、読売新聞 編集手帳
小学生の昔を回想し、その人は書いている。
初めて吹いたハーモニカの思い出である。
〈口に当ててみたら冬になりかけの日だったから、
吐いた息がクローム・メッキしてある薄い鉄板の覆いに白く円型に残った〉
わずか数行の文章から、
ひんやりとした初冬の空気と、唇に触れた楽器の冷たい感触とが伝わってくる。
エッセーの一節、作者は俳優の池部良さんである。
たぐいまれなる美貌の人に長寿を恵み、文学賞を手にする文才までお与えになる。
神様とは、そう公平なお方でもないらしい。
池部さんが92歳で死去した。
日本が戦後を再出発した記念碑の映画『青い山脈』では
30歳にして旧制高校の生徒役を好演し、
高倉健さんと共演した『昭和残侠(ざんきょう)伝』では
中年の侠客を演じて若者の喝采を浴びている。
文筆も含めて、年輪を重ねるごとに違う花を咲かせた。
神様に祝福された表現者の人生である。
「映画俳優」という言葉が似合う最後の人でもあろう。
語感にキラキラした重量感の漂うその言葉も、
池部さんは数々の“二枚目伝説”と共に天に連れていった気がする。
『青い山脈』の、あの自転車に乗せて。
小学生の昔を回想し、その人は書いている。
初めて吹いたハーモニカの思い出である。
〈口に当ててみたら冬になりかけの日だったから、
吐いた息がクローム・メッキしてある薄い鉄板の覆いに白く円型に残った〉
わずか数行の文章から、
ひんやりとした初冬の空気と、唇に触れた楽器の冷たい感触とが伝わってくる。
エッセーの一節、作者は俳優の池部良さんである。
たぐいまれなる美貌の人に長寿を恵み、文学賞を手にする文才までお与えになる。
神様とは、そう公平なお方でもないらしい。
池部さんが92歳で死去した。
日本が戦後を再出発した記念碑の映画『青い山脈』では
30歳にして旧制高校の生徒役を好演し、
高倉健さんと共演した『昭和残侠(ざんきょう)伝』では
中年の侠客を演じて若者の喝采を浴びている。
文筆も含めて、年輪を重ねるごとに違う花を咲かせた。
神様に祝福された表現者の人生である。
「映画俳優」という言葉が似合う最後の人でもあろう。
語感にキラキラした重量感の漂うその言葉も、
池部さんは数々の“二枚目伝説”と共に天に連れていった気がする。
『青い山脈』の、あの自転車に乗せて。