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『青い山脈』の池部良さん

2010-10-26 23:36:53 | 編集手帳
  13日、読売新聞 編集手帳


   小学生の昔を回想し、その人は書いている。
   初めて吹いたハーモニカの思い出である。
   〈口に当ててみたら冬になりかけの日だったから、
    吐いた息がクローム・メッキしてある薄い鉄板の覆いに白く円型に残った〉

   わずか数行の文章から、
   ひんやりとした初冬の空気と、唇に触れた楽器の冷たい感触とが伝わってくる。
   エッセーの一節、作者は俳優の池部良さんである。

   たぐいまれなる美貌の人に長寿を恵み、文学賞を手にする文才までお与えになる。
   神様とは、そう公平なお方でもないらしい。
   池部さんが92歳で死去した。

   日本が戦後を再出発した記念碑の映画『青い山脈』では
   30歳にして旧制高校の生徒役を好演し、
   高倉健さんと共演した『昭和残侠(ざんきょう)伝』では
   中年の侠客を演じて若者の喝采を浴びている。
   文筆も含めて、年輪を重ねるごとに違う花を咲かせた。
   神様に祝福された表現者の人生である。

   「映画俳優」という言葉が似合う最後の人でもあろう。
   語感にキラキラした重量感の漂うその言葉も、
   池部さんは数々の“二枚目伝説”と共に天に連れていった気がする。
   『青い山脈』の、あの自転車に乗せて。

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