12月21日付 読売新聞編集手帳
遠国の大名が帰郷することになり、
愛人のもとに別れを告げにいく。
女は涙を流して悲しむ…と見せてじつは嘘(うそ)泣きで、
水をこっそり目につけている。
太郎冠者(たろうかじゃ)が見破り、
水を墨汁にすり替えたからさあ大変、
女は顔を真っ黒にしながら泣きつづける…。
狂言『墨塗(すみぬり)』である。
芝居であれば愉快だが、
笑うどころか命がけの演技に違いない。
金正日総書記が死去した後の北朝鮮内部の様子が、
少しずつ明らかになってきた。
「泣くふりをしないと連行されるから、
皆、泣いている」
「国営テレビで悲しむ住民の大半は演技だ」。
韓国の脱北者団体に、
北朝鮮の住民が電話で伝えてきたという。
飢えて、
しいたげられて、
胸をなで下ろす代わりに嘘泣きをして、
気の毒な人々である。
〈拉致の「拉」が
怒り、
哀(かな)しむ瞳の中で
「泣」とかすんだ日を忘れない〉
(橋本利光=中央経済社刊『日本一短い手紙・喜怒哀楽』より)。
小泉訪朝で国家犯罪が白日のもとにさらされた「あの日」のことだろう。
自分と家族の人生をめちゃくちゃにした張本人の死に、
拉致被害者も嘘泣きを強要されているのか。
むごい国である。