12月24日付 読売新聞編集手帳
この季節、
花屋の前を通るたびに思い出す歌がある。
作者は『読売歌壇』の選者でもある小池光さんである。
〈シクラメンすなはち豚の饅頭(まんじゅう)は花開きたりわが卓上に〉
(歌集『滴滴集』より)
「豚の饅頭」という異名は、
西洋でシクラメンの根や茎が豚のえさになったことに由来する英語名
「sowbread」(=豚のパン)の翻訳らしい。
花には幾らか気の毒な名前だが、
木枯らしの吹く街で“花より豚まん”党の身には魅力的である。
今年に限っていえば、
しかし、もうひとつの異名「かがりびそう」(篝火草)に心ひかれる。
いくらかねじれた蝶(ちょう)形の花弁を篝火の炎に見立てた名前という。
震災で肉親を失った人は、
ほんの1年前、
家族で過ごしたクリスマスの団欒(だんらん)の記憶を、
胸のなかの篝火を見つめるようにじっと見つめているに違いない。
可憐(かれん)な花に、
小椋佳さんの作詞・作曲した『シクラメンのかほり』を口ずさむ人もあろう。
疲れを知らない子供のように「時」は人を追い越していく。
呼び戻すことができるなら 僕は何を惜しむだろう…。
なじみの歌詞が、
これほど痛く胸を刺す年の瀬もない。