9月15日 編集手帳
夏目漱石は迷子になったらしい。
句稿に、
「阿蘇の山中にて道を失い終日あらぬ方にさまよう」と前書きがある。
〈行けど萩(はぎ)行けど薄(すすき)の 原広し〉。
1899年(明治32年)9月、
第五高等学校の同僚と阿蘇山に登った、
ちょうど今頃の季節だろう。
小旅行はのちに短編『二百十日』として実を結ぶ。
その作品を収めた文庫本を旅の道連れに、
今週末からの大型連休は「行けど萩、行けど薄」の秋景色に出会う予定の方もいたはずである。
黒い噴煙が火口か ら激しく上がるニュースの映像に見入った方は多かろう。
熊本県の阿蘇山が噴火した。
関東・東北地方を記録的な豪雨が襲ったばかりで、
死者・安否不明者は20人を超えている。
地上の豪雨と堤防決壊だけで、
人々の胸にある悲しみの容器はすでに満杯だろう。
せめて地底の異変は穏便に鎮まってほしい。
吉井勇の歌 がある。
〈君にちかふ阿蘇のけむりの絶ゆるとも万葉集の歌ほろぶとも〉。
その名前が恋歌のなかに置かれて違和感がない。
仰ぐ人々に生きる情熱と生命力を感 じさせてくれる山である。
どうか、
ご自分の印象を裏切らないで――と、
山の神に祈る。