11月11日 NHKBS1「国際報道2019」
ベルリンの街では壁の崩壊から30年となるのを記念するイベントが各地で開かれ
華やかなムードに包まれた。
その一方
ドイツのシュタインマイヤー大統領は式典のあいさつの中で
「多くの犠牲者を出した非人道的な壁はもう存在しないが
ドイツ社会には怒りや憎しみ
疎外による新たな壁ができた」
と祝賀ムードにくぎを刺した。
その“新たな壁”とは
移民・難民の受け入れに反対する右派政党
AfD(ドイツのための選択肢)の台頭による社会の分断である。
AfDが特に支持を広げているのは旧東ドイツの地域である。
今年9月と10月に行われた3つの州議会選挙で
AfDは第2党に大きく躍進した。
移民などへ排他的な支持が旧東ドイツで広がっている要因は
旧東ドイツの人たちの間でくすぶる不満の受け皿となっているからである。
9月に政府が公表した報告書によると
旧東ドイツ地域で1人あたりの経済生産は旧西ドイツ地域の4分の3
賃金も西の85%にとどまっている。
さらに旧東ドイツ地域に住む2人に1人が
自らを“2級市民”と感じていると回答している。
そうした人たちの不満の矛先が流入する難民に向けられ
排他的なAfDへの支持が広がっている。
そのAfDの難民政策をめぐっては
ユダヤ人を排斥したナチスにイメージを重ねる人も少なくない。
今のドイツを隔てる壁とは・・・。
(右派政党AfD チューリンゲン州代表 ビョルン・ヘッケ氏)
「西のエリートたちは“偉大な西ドイツ”を押し付けてきた。」
右派政党AfDがかつて東ドイツだったチューリンゲンで開いた集会。
党が前面に掲げるのは“ドイツ人ファースト”。
“ドイツの国民よりも流入する難民が優遇されている”と訴え
現状に不満を感じる旧東ドイツ地域の人たちの支持を取り込み
10月の州議会選挙で第2党に躍進した。
(右派政党AfD チューリンゲン州代表 ビョルン・ヘッケ氏)
「既成政党はドイツの社会保障システムに多くの難民を入れ
長年この国の成長を支えてきたドイツ人を貧困に追い込んでいる!
新たなスタートのため“体制転換”を行う!
この州でそしてドイツ全土で。」
AfDを支持する旧東ドイツ出身のシュミットさん(71)。
当時 精密機器のメーカーで働いていたシュミットさん。
旧東ドイツ時代
秘密警察におびえる暮らしを強いられてきた。
壁の崩壊で自由で豊かな生活ができると期待していたが
30年経った今も東西の経済格差埋まらないなか
流入する難民を手厚く支援する今のドイツ政府に不満を募らせている。
(AfD支持者 シュミットさん)
「30年が経ってもなお年金の給付で東西の格差がある。
なのに
新たにやって来た外国人が我々より優遇されるのは不平等で許すことが出来ない。」
厳しい難民政策をとるAfDの主張に共感し
シュミットさんは党員として仲間を増やそうと積極的に活動している。
(シュミットさん)
「“体制の転換”はまだ完了していない。
国を良い方向に変えるためにAfDは存在している。」
その一方AfDの主張に反感を持つ人も少なくない。
(抗議する市民)
「ナショナリズムをやめろ!」
「ナチスは出ていけ!」
難民よりもドイツ人を優遇してほしいというだけで“ナチス”とののしられる今の状況に
シュミットさんは旧東ドイツ時代の窮屈さを感じている。
(シュミットさん)
「異なった意見を持つだけで
すぐナチス扱いだ!
私なナチスではないのに。」
一方 旧東ドイツ出身だからこそ難民に寛容であるべきだと考える人もいる。
音楽家のリントさん(51)。
リントさんは閉鎖的な社会に耐えかねてベルリンの壁崩壊直前に西側に亡命。
難民となった。
(リントさん)
「数百人の人たちが集まり難民の私を抱きしめ歓迎してくれました。」
自分たちを受け入れてくれた寛容な社会に共感を深めたリントさん。
人々を隔てる壁を音楽の力で取り払いたいと
アメリカとメキシコの国境の壁をテーマにした演奏会や
イスラエル兵に射殺されたパレスチナの少年を追悼するコンサートなどを企画してきた。
(リントさん)
「音楽があれば誰とでも意思疎通ができる。
そこに境界はない。
旧東ドイツを中心に右派勢力が力を強めていることを懸念している。
とてもよくないことだ。」
10月リントさんは壁崩壊30年を記念した式典に出席し
AfDの台頭に警鐘を鳴らし
ドイツ社会は寛容であるべきだと訴えた。
(音楽家 リントさん)
「かつての私たち以上に過酷な状況にある難民などが
紛争や絶望から逃れようといま欧州にやってくる。
30年目のようにその人たちを歓迎するドイツであってほしい。」
旧東ドイツの地域では
今も経済格差は厳然と残っていると考える人が多く不満が蓄積している。
AfDの集会でも州の代表が
難民の支援に使う予算を減らせばドイツ人の年金支給額を2割上げることが出来る
と主張すると会場は大いに盛り上がった。
AfDはこの30年
“2級市民”と感じてきた地域の人たちに寄り添う姿勢を見せて
巧みに支持を取り付けている。
ただAfDの州の代表や党の幹部には旧西ドイツ出身者が多く
寄り添う姿勢は見せかけに過ぎないと批判的な見方も出ている。
旧東ドイツ地域再建のためにドイツでは“連帯税”が導入された。
アウトバーンや公共施設などのインフラ整備が進められ
一見すると西と東の差は見えなくなっている。
しかし壁の崩壊後
旧東ドイツの国営企業の多くは倒産に追い込まれ
東ドイツには失業者があふれた。
ドイツ社会を見ても
メルケル首相は旧東ドイツの出身だが
政治家や企業経営者の多くはいまも西ドイツ出身者で占められている。
こうしたことから“東ドイツは西ドイツに乗っ取られた”という意識が今も根底にあり
それが“2級市民”という感覚につながっているとみられる。
AfDはそれを利用して支持を拡大し
その結果ドイツでは新たな分断が生じている。
この分断を乗り越えドイツ社会を再び統合できるのかどうかは
ドイツの政治のみならず
ドイツの人々に突き付けられた大きな課題である。