人とひとのつながりというものを考える時、今の時代はSNSを抜きにしては考えられなくなっています。
実際に顔をあわせなくても、交流ができます。
それを「つながり」と呼ぶならば、現代人は一昔前の人びとよりも、たくさんのつながりをもっていることになります。
わたしの子どもの頃は、母親は夕方になるととなりのお母さんと、自宅前の外でひとしきり世間話をするのが常と言っていいほど、ほぼ毎日過ごしていました。
たくさん食べ物があるときは、「おすそ分け」として、あげたりもらったりしていました。
また、スマホがなかった頃は、子どもたちは外で遊ぶのが通常でしたので、近所の子どもたちが入り乱れて遊んでいました。
わたしの小学生の頃の遊びグループは異年齢集団であり、上から下まで5つの学年の子で構成されていました。
いいことも悪いことも一緒に体験して、そのなかで人間関係を学んでいました。
しかし、半世紀が経つ間に人間関係は、大きく変わってしまいました。
今は、第一、少子化で近所にあまり子どもがいません。
スマホがあれば、たいていのことができます。
買い物に出かけなくても、ネット注文で手に入ります。
家で仕事をすることも可能になりました。
それが「便利になった」と考えることができますが、同時に個人で生活が完結してしまう環境が生まれたと言えます。
その結果、他者と出会い、顔を合わせて、交流さしたり、ふれあう機会が激減しているのです。
そうなると、人間関係を学ぶことができにくくなります。
しかしながら、学校や職場では、当然のごとく他者との円滑な意思疎通や協働が求められます。
その意思疎通や協働にとまどう人が、以前より増えているのが、今の学校であり、今の社会であるのです。
不登校の増加やひきこもり、職場うつに陥る人が多いのも納得できます。
今は、人と人が集う機会を意識してつくらなければならないのです。
学校でなら、仲間づくりの取り組みや集団で行事をつくりあげる取り組みは、ますます大切になります。
社会でなら、実際に顔をあわせて、食事したり、ハイキングをしたり、趣味の活動をしたりすると、自然と会話が生まれます。
他人といっしょにいると疲れるという人もいるでしょう。
たしかにそういった側面はあるでしょうが、一人で孤独に、孤立して過ごせるものではありません。
話すのが苦手でも、他者の話に耳を傾けるだけでも、人と接する機会をもち、増やしていくことが、自分の世界を広がることになります。
見たり、聞いたり、話したりしているうちに、おもしろい、きれいだ、おいしい、かわいいなどほ感情が生まれます。
つまり、人と交流することで、感情が動くことが大切なのだと思います。