学校が6月に再開して以降、ずっと新型コロナウイルス感染防止に努めています。
毎日の消毒や児童生徒同士、教職員と児童生徒が密にならないよう留意して、教育活動を進めています。
教職員は業務量が増え、体力的にきついのはもちろんですが、いちばんの精神的にきついのは「自分が感染したらどうしよう」という不安やプレッシャーです。
もし教職員が感染すれば、数日間は確実に全校が臨時休校になります。また、自分がかかわる児童生徒が濃厚接触者に認定されるかもしれない。
自分の感染のために、おおぜいの人に迷惑がかかるという心配は、影響を受ける人の数が多いだけに重圧となります。
新型コロナウイルスには、誰もがかかる可能性があるのです。感染症に対して知識と経験が豊富で、設備や技術にすぐれた病院ですら感染が拡大することもあるのです。
知識、経験、装備、技術が十分でない学校の教職員には荷の重い業務を続けることになります。
本来は、誰もが感染する可能性があるウイルスであるので、感染を非難されるものではないのです。
ところが、学校で感染者が出ると、その先生は誰だとか、何年何組の生徒なのか、誰なのかと誹謗中傷の対象になってしまうという現状があります。
困っている人がいる。たいへんな状況にある。自分のかたわらにそんな人がいるときにこそ、教職員はその心労をねぎらい、みんなで助け合っていこうとする同僚の人間関係が必要です。
なぜか。それは、そのような教職員の態度や姿勢を児童生徒は、ちゃんと見ている、知っているからです。
助けあわない大人のもとでは、子どもは助け合うことはないのです。それが、子どもを預かる学校の特質です。
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