河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

生きがい

2018-01-05 14:00:56 | 絵画

去年の何時だったか?NHKのTV番組で「チコちゃんのなんとか、かんとか・・・」をちらっと見ていたら、「なぜ男と女がいる?」と言うような話をしていて、「男は女の保険」と言う話になった。面白い話だなあっとおもって・・・。

昔、太古の数十億年間メスしか居なかったと。つまり必要なかったらしい。そのうち災害や環境の変化に対応できなくなって、「多様性」が求められ、「オスの機能」が必要となり、オスが現れたという。で、オスは生物が生き残るために必要な「保険」ということになる話。

ペットショップで売られる動物の値段は、たいていメスの方が高いように、メスの方が生命の存続を担っているという現実は「オス(男)」にとって、厳しい話かもしれない。人の性染色体ではXYが男、XXが女を構成するということで、女が女を産むのに、自分の体内で自家受精できれば、男の力を借りなくとも、生物的には存続が可能と言うことか?同性同士の結婚も認める国もあるわけで、男同士では子供を授かることはできないが、女同士では出来るのだろう。アマゾネスという話があるように、「男を排除・・・」して、国家まで構想できると思うことも思想的に可能だろう。ときたま男と交わって、多様性を形作ったような話でもあった気がする。で、男が生まれたら殺された・・・と。

そのせいか、男は存在価値を主張するために、やたら「生きがい」というものを強調するらしい。(こういう話は好きだ。よく覚えている。たとえ先ほど何を食べたかを忘れても。)

一方、一夫多妻制を認めるイスラム教の国もあるのは、この男の「生きがい」が女性を差別して支配し、「男の存在感」を強調した歴史の表れだと思える。

女性は一人子を産んで育てると、男が大事業を成したと同じほどの満足感があるそうだ。うらやましいね。私は未だに、この満足感とやらを得ていない。私はこのブログで、やたら「生きがい」のようなことを、「吠え、読者を扇動する」ことを書いているが、自分では満足できていない。だから書いているのだとも言えるが。

祖父が60年日米安全保障条約を締結し、叔父が沖縄返還を実現して(どういう訳かノーべル平和賞を受賞)、自分は在籍期間だけ長く、醜聞だらけで、「憲法改正」に日本の政治史に名前を刻みたい男がいるが、日本国国民の為に政治をしている様なふりをする。彼の「生きがい」は自衛隊を国防の軍隊として位置付けたいのだろうが、共産党も立憲民主党もリベラルな考えも持っていても、別に国防が不要だと思ってはいない。だから自衛隊をいらないとは言わない。しかし安倍のように多くの議論や国民の同意なしに、安保法制を決定し解釈をエスカレートするような権力者の「生きがい」には要注意だ。

問題はこのような権力者の考えが良く分からない、理解もしようとしないで、支持する人が地方に多いことだ。団塊の世代の人の中には70年安保闘争を真直に見てきた人もいるが、田舎にいた人たちは殆ど記憶にない。彼等には何が「生きがい」なのか、曖昧で説明がつかない次元にある。昨今の「日馬富士の暴力問題」についても象徴的で、日馬富士ファンは引退は仕方がないねぇ・・・と言う程度だ。相撲協会がどんな組織であるのか、どうあるべきなのかを考える者はいない。加害者が名誉ある引退で済んで、一方の暴力を受けた被害者の貴ノ岩と貴乃花に対する処分には非情とも思えるのだが、相撲協会の組織の問題に踏み込むメディアの相撲解説者はいない。恐らく相撲の世界から排除されることを恐れてのことだと思うが、もっと客観的かつ合理的な議論がされない状況だ。こうした煮え切らない状況を眺めていることは、流石に私には潔く感じられない。日本人の情緒的国民性にイライラする。もっと理屈に合った、筋の通った考えでもって、物事を考えるべきだが、日本中からこの曖昧な性格を無くすることは不可能と思うようになって、「ああ、まただ・・・」と思う。貴乃花は「はみ出し者」になっているが、覚悟してのことだろう。貴乃花の母親の藤田氏曰く「協会は興行を選んで、一方の貴乃花は相撲道を選んだ」と言っている。だから白鳳がやりたい放題するのだ。

日本人がもし合理的な考えで行動するような国民であれば、安倍のような政治家は出て来はしない。ドイツのように200ユーロ以上の接待、政治資金の寄付を受けると「賄賂」とみなし逮捕、政治家失格の理屈は、筋が通っており、「口利き」「賄賂」が横行することもない。つまり金銭で「民主主義」が売り買いされることはないのだ。ドイツで曖昧さは敵だ。曖昧な返事をすれば、職場で、社会で信用を失い、職さえ失うこともある。どこかピリッとした規律(ドイツではディッツプリンと頻繁に、この言葉が使われる)が日本人には必要で、、財務局の責任者が8億円の不当な値引きをしておいて、その後「国税庁長官」に抜擢されるなどすれば、ドイツではスキャンダルとして、首相は弾劾されるだろう。しかしこの世界の三等国でしかない日本では、もみ消されて、皆忘れていく。地方では最初から「安倍さんがそんなことをするはずがない」でお終い。地方でも、思考停止し、情緒的に生きるだけでもストレスがあるから、忖度して、分かりもしない他人の気持ちに無駄なエネルギーを奪われる。周りは皆それをやっている。これに反すれば「はみ出し者」扱いされる。

昔、ドイツでお世話になった友人の母親に尋ねた「ドイツでインテリゲント(インテリジェント)というとどういう意味な成りますか?」と。すぐ「情報を分析する能力のある人」と答えが返ってきた。流石ドイツ人だ、「頭の良い人」とは言わなかった。で、見習って、情報を集めて、理屈を建てるようになったが、この国では「天を衝く勢い」とか言われた。直接、回答を述べてはいけない国なのだ。その回答にいたるプロセスが大事だと・・・しかし、論理的に考えるという意味ではなく、「相手の気持ちを忖度して述べる」と言う意味であった。ドイツで誠実に即答しないと、気取っていると言われるが、この国では個人的な気持ちは隠していないと、後でひどい目に合う。自分の大事な「生きがい」などそう簡単に言えないのだ。

 

誰しも自分の生きがいは持つべきで、その質や品性のレベルを高く持つべきだ。

去年の暮れに、江の川(島根県江津市を流れる大きな川)の川漁師をしている天野さんと言う人を訪ねた。若いころ自衛隊員で、その後生まれ故郷に戻り、漁師と猟師をしている。今は川漁師で生計を立てておられる70過ぎの方。彼は絵も描き、去年の県展にも出品している。前にも述べたが、この県の県展は大変なもので、団体展の県の幹部が審査員を務め20人以上の審査で、自分の会に属するものを多く当選させようとする習いがある。天野さんは出品した作品の批評会で「ボロクソ」に言われて、私の友人の額屋さんに持ち込んで、意見を聞いた。私の友人は、批評を行った者のあまりの無礼さ、無知さに怒り、その話を私にもした。批評した者は「これもいらない、あれもいらない」と言って、彼が描いた絵からモチーフを取って、水の中を泳ぐ鮎(アユ)だけ描くように言ったのである。普通は作者が何を描きたかったのか尋ねるであろうが、「こんなのは絵じゃない」と切って捨てるのである。天野さんは相当失望して、自信を失いかけていた。

そんな時、友人と私は天野さんを訪ねて、その作品を見せてもらった。その作品には水の中の岩の間を泳ぐ多くの鮎、それを捕ろうとする自分、そして上の方に神々しく光るお地蔵さんが描かれていた。江の川では昨今鮎が不漁で、鮎が再び戻って来て大漁になるよう願って描いた作品だった。実に素朴なファンタジーだが、以前大水が出て、近所のお地蔵さんが流され行方不明になったとき、川の中に沈むお地蔵さんを見つけ出し、抱えて帰って道端に祠を作って拝むようになったら、次の年鮎が大漁であったと話してくれた。彼の素朴な願いが絵に描かれたのだが、批評した者はまるで気にもかけなかった。絵を描くモチベーションというものは、絵の完成まで大事であって、これを途中で変更したら絵で無くなる。

彼の他の作品の写真を友人が見せてくれた。昔は夜の漁をする自分や鮎を狙う夜のキツネなど彼が漁師として、あるいはまた猟師として経験してきたことが、月明かりに照らされた川面が幻想的に描かれていて、素人ではない域に達していたことを見せつけられた。幻想的な絵画であっても、絶えず自分の経験から描かれており、テーマは尽きない。私が迷い続けるのとは大違いだ。迷い続けて適当なものを、その気もないのに描く人は素人だが、天野さんは違う。団体展に所属する人でも、毎年展覧会のたびごとに何を描くかがいい加減な人もたくさんいるのに、彼のモチベーションに気が付かないとは、批評した者こそ素人だろう。他にも幼い時に仲の良かった弟が亡くなったとき、母が「弟は死に際に手を伸ばして空をかいていた」と言ったことを思い出して、弟と釣りに行って、手招きをしている様なしぐさを描いてみたと言われた作品には、彼の優しがあふれていた。彼には自然に湧き出るテーマが、彼の世界観そのものとしてある。私は絵画の技法や知識については学んだが、天野さんの純真なモチベーションに、改めて表現の重みを学ぶことになった。

彼の失望は取り戻せた。「絵画は虚構」なのだからという私の話に気が楽になったと言われて、迷いの中にあった制作に続きが出てきたようだ。彼は正直さ故に、表現の限界に行き詰っていたのだ。人物をもっとうまく表現するためにデッサンを繰り返して、新しい感覚を身に着けることを勧めた。絵を描くことは、川漁師であることの次に大切な「生きがいに」なっているから。

追記:

彼は漁師としてすべてをだれからも教わることなく、見様見真似で身に着けたそうだ。研究に研究を重ねるうちにいろんなことが分かったそうだ。そして鮎を取るのは夜も深まってからだそうだ。昼間食べた苔が消化され、内臓がきれいになってからだと丸ごと食べてもおいしいそうだ。それに昼間の漁は鮎がすばしこくて、網を打つのにも逃げてしまうのだそうだ。内臓を塩辛(うるか)にするときも、胃や腸は取り除くそうだ。僅かしか取れない貴重な卵と白子のうるかもご馳走になった。漁に関しても」いろんな話を聞いた。鮎以外にもモクズガニ(上海ガニの親戚)も4~5mある深い河でどうするかとかいろいろと知恵があった。去年は鮎があまりとれなかったのだが、「来年はきっとよくなるだろうから、夏に鮎を食べに来てください」と言われた。それより彼が漁をするところ見てみたい。

 

 

 

 

 


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