日本に迫る危機をリアルに知り
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桜林 美佐
【安倍晋三と自衛隊】自衛官が「誇り」を持つのが悲願だった安倍元首相 日本に迫る危機をリアルに知り…危険を顧みずめざした任務完遂
安倍晋三元首相が凶弾に倒れて10日が過ぎた。憲政史上最長の首相在任期間中、日米同盟を強化し、中国などの権威主義国家に対峙(たいじ)する
「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱して、自由主義諸国の戦略をリードした。憲法に自衛隊を明記することで違憲論争に終止符を打ち、自衛官が誇りを持って任務を全うする環境をつくることを悲願としていた。警察による「警備の失敗」と、犯人が「元海上自衛官」という痛恨。テロを煽るような空気をつくった、一部の人々の憎悪の言葉とは。安倍氏への取材経験を持つ、防衛問題研究家の桜林美佐氏が迫った。
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世の中には「言葉」という凶器がある。「泥棒に入られても命は奪われないが、ひどい言葉は人を死に追いやることができる」と、好きな作家の本に書いてあった。
この言葉による激しい攻撃を常に受け、見事に跳ねのけていた安倍元首相に、何と銃弾が命中した。必死の救命措置もかなわず、安倍氏は亡くなった。
銃撃の理由はどうあれ、「アベ死ね」などという教唆に等しい言語環境があり、暴力が正当化されてもおかしくない空気があったことは確かだ。「集団イジメ」に加担した人たちが「暴力は許さない」「民主主義への挑戦」などと、この事件を言い表していることに虚しさを感じている。
本気で、安倍氏を恐れている人たちもいた。
「あの人は日本を『戦争をする国』にしてしまうんですよね」
そんなささやき声が、テレビに強く影響を受ける主婦層からだけでなく、発信元であるメディア関係者からも聞こえることがあった。明確な理由がないのに、印象論で「軍国主義者」であるかのような風説が流布された。
安倍氏の非業の死によって、多くの日本人は「いかに安倍氏を知らなかったか」と理解したのではないか。
何より悔しいのは、安倍氏が最も敬意を払っていた、命懸けで国民のために働く「警察」と「自衛隊」が、安倍氏を死に導いてしまったことだ。
これまで日本が安全だったのは、警察力によって危険が未然に防がれていたことが多々あったはずだ。今回の「警備の失敗」で、組織全体が積み上げてきた努力が、一瞬にして水泡に帰すこととなった。
また、約20年前の所属とはいえ、「元海上自衛官」による犯行であったことは、自衛隊にも痛恨の極みだった。
元隊員だからといって、銃の取り扱いや、まして銃製造ができるということはない。その後、母親と宗教との関係が報道の中心になったが、当初の自衛官であったこととの関連をにおわせる報道は、明らかにミスリードだ。一方で「元自衛官」の経歴は消えないことも肝に銘じなければならない。
3年間の任期制隊員だから、自衛隊にとってどうでもいい存在だということは全くない。「士」という階級から、次のステップ「曹」に昇任する壁が高くなっている。自衛官を続けたくても辞めざるを得ない隊員が毎年何人も涙ながらに去っていくのである。このことはあまり知られていない。
現在、募集難が言われているのは、まさにこの任期制隊員を指している。高卒の若者が減っていることや、将来への約束がない短期雇用ということもあり、確保が困難になっているのだ。
警察や消防などへの再就職といった危機管理組織内での人事運用の融通性や、自衛官の経験を活かした再就職先の確保などが求められるが、限られた予算や法制度の内でできることは限定的だ。いずれにしても、自衛隊にとって、実は最も求められている人たちなのである。
たとえ3年であれ、30年であれ「元自衛官」であることに変わりはない。だからこそ、彼らが辞めて社会に出たときに、誇りを持ち、胸を張って「元自衛官です」と言ってもらわなくてはならないのだ。
■日本に迫る危機をリアルに知り任務完遂めざしたのは安倍氏自身
そのためにも、憲法への自衛隊明記を進めようとしたのが、他ならぬ安倍氏だった。
安倍氏は、自衛隊の「服務の宣誓」について人々によく話していた。自身の目の前で、多くの自衛官がこれを行ったからだ。
「わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し…」から始まる宣誓は、最後に「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」で締めくくられる。
安倍氏は、隊員がこの宣誓をする度に重く受け止めた。そして、「片時も、この彼らの決意を忘れてはならない」とも言っていた。
自衛隊の最高指揮官は、いざとなれば隊員に死地に赴くことを「命じる」立場だ。有事になれば約25万人の生死、その家族の運命は首相のひと言で左右される。だからこそ、その事態にさせないための「絶対的な抑止力の確保が必要だ」と安倍氏は考えた。
単なる感情ではない、日本に迫る危機をリアルに知っていたからこそ、全力でさまざまな改革を行ったのだ。
つまり、誰よりも危険を顧みず、任務完遂に向けて行動していたのは安倍氏自身だったのだ。
■桜林 美佐(さくらばやし・みさ) 防衛問題研究家。1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。フリーアナウンサー、ディレクターとしてテレビ番組を制作後、防衛・安全保障問題を取材・執筆。著書に『日本に自衛隊がいてよかった』(産経新聞出版)、『自衛官の心意気』(PHP研究所)、『誰も語らなかった防衛産業』(並木書房)など。
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松本市 久保田 康文
夕刊フジ【zakzak】ニュース採録
わたなべ りやうじらう のメイル・マガジン
頂門の一針 6205号
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2022(令和4年)年 7月21日(木) より