「東芝を潰した本当のワルはこいつだ!」
羽田の記者クラブにいたころ、フランク・シナトラが自家用機で飛んできた。
米ガルフストリーム社の小型ジェット機で、軽やかに着陸してスポットに入ると機側に俳優の三橋達也が駆けよっていった。
米国は当時、小型機市場の90%を握り、セスナやパイパー、ビーチクラフトなど知られたメーカーがぞろぞろあった。
それから20年経って何の縁(えにし)かロサンゼルスの特派員に出ることになった。あの近辺には小型機も含め航空機メーカーや部品メーカーが結構多く集まっている。
今はどれが売れ筋か尋ねてみたら「セスナは生産中止」「パイパーはチャプター11、つまり倒産」「ガルフも潰れたはず」と信じられない返事だった。
中でも悲惨だったのがパイパー社だ。最盛期には数百人の従業員を抱え、年間5200機を生産していたのが今は従業員45人で生産機数は年間7機という。
デハビランドとかショートとか潰れた何社かはカナダの鉄道会社ボンバルディアが買い集め、小型旅客機を作っている。「倒産企業の寄せ集めだから、さてまともに飛ぶかどうか」という返事だった。その予感は今ごろぴったり的中して、あっちこっちでボンバルディア機が事故を起こしまくっている。
で、何であれほど繁盛した米小型機業界が消滅しかけているのか。
「それは訴訟さ」と米小型機工業会のロン・スワンダが教えてくれた。
発端は1980年代半ば。米連邦航空局が小型機操縦士のシートベルトはちゃんとした両肩からのハーネス式にしろと勧告した。
メーカーが従った。操縦がより安全になりましたと宣伝もした。しかし軽飛行機だって結構高い。おいそれと買い替えられないから大方が旧式のままで飛び、飛べば事故も起きる。
たとえばアルバカーキのパイパー事故だ。タンデムの前席に撮影用カメラを置いて後席で操縦していた操縦者が滑走路上にあった障害物に気づかず、衝突し大けがをした。
操縦士の不注意のはずだが、弁護士は旧式ベルトを問題にした。「今は安全という以上、旧モデルは不安全だった」「だから大けがをした」と主張した。
陪審員は頷き、パイパー社は懲罰賠償を含め同型機なら20機は買える250万ドルの賠償を命ぜられた。
セスナも同じ。より安全な改良モデルを出すと「旧モデルはみな安全でなかった」と因縁がついて高額賠償を迫られ、それをカバーする製造物責任保険が1機7万ドルにもなった。だから生産をやめた。
(続く)
新潮文庫
「変見自在 トランプ、ウソつかない」
高山正之著 より
「変見自在 トランプ、ウソつかない」
高山正之著 より
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【「今は安全という以上、旧モデルは不安全だった」「だから大けがをした」】
すごい理屈ですが、これは「事後法」と同じ理屈です。「事件発生時にはそれを裁く法律がなかった。だから裁けない」のが理屈ですが、とにかく落としどころを作らなきゃならないから新たに理屈(法律)を作る。それで「裁定」する。
東京裁判において新たに設けられた「平和に対する罪」とか「人道に対する罪」なんてのと同じ分かったような分からないような発想からの立法です。
ついでながら。
寄せ集めのボンバルディアはそれでも製造しているけれど、MRJはとうとう製造中止に追い込まれたのは何故?トヨタ・ダイハツ潰しと同じ力が働いているのでは?と言ったら「陰謀論だ」と決めつけられるんでしょうね、きっと。
踏み込んだアクセルペダルが純正でないフットシートに引っ掛かって戻らなかったのを「ブレーキペダルをいくら踏んでも効かなかった」と言い張っている方がましかもしれないけど。
まあ、都合の悪いことは見ないようにする、或いはなかった(知らなかった)ことにする。どこの国でもどこの政党でもそうですけど。自民党に限らず。