CubとSRと

ただの日記

高齢者講習 当日 (後)

2024年07月23日 | バイク 車 ツーリング
 幸いなことに自動車学校の試験コースを言われるがままに走った後、減点は全くなかったと言われた。ほっと一安心。

 うれしかったのはその後の視力検査。
 動体視力、夜間視力、そして視野。
 いずれも実年齢よりは若かったようで夜間視力は40代までのレベル、だとか。
 実際、動体視力の検査でマークが見えた時に合図をと言われ、目を凝らしていたら自身思っていた以上に早く見えたため慌てて合図をした。小さな声で「えっ?」と言われた。ここ数十年なかった「えっへん」という気分。

 夜間視力の方は歳相応だろうと思っていた。明るい中から真っ暗になって一分間以内で見えるようになるか否か。
 数を数えながらやってみた結果おそらく十秒かかってないから、これもおそらく合格ライン。
 視野も左は少し狭くなっていたが、右は全く問題なし。

 以前に経験した、景色が上下に二重になってしまう乱視の症状が出た時にはもうバイクは勿論、車も運転できないかもと思っていたが、ネットで見た治療法のおかげで今は何とかなっているらしい。

 「う~ん。大型バイクに乗っている人は動体視力が良いみたいですね」と言われたが、懐具合の関係でみんな手放し、もう十年以上乗ってない。
 大きさではなく「バイクに乗っていること」の方が大きいんじゃないかと思った。
 
 視野に関して思ったこと。
 バイクの卒業検定では、交差点での安全確認が重視される。右左右と確認してやっと出る。それを本当に確認したかどうか分からないのに検査員はチェックしなければならない。
 チェックする?遠方の、それも後方から見てできるはずないだろうと思うのだが、しなければならない。
 聞くところによると、ヘルメットの動きでチェックするのだそうだ。
 だから受験者は大袈裟なくらいに頭を右左に振らなければならない。そうすれば左右確認をした「ように見える」。
 それは検査員も重々承知の上で、受験者が左右を見てなくてもヘルメットの動きを見て「気をつけているのが分かれば」見ていると見做す。

 「とんだ茶番だな」。普通二輪の試験の時はそう思った。
 今はそうは思わない。「見てなくても」ヘルメットが大きく左右に動けば(依怙地にならなければ)、目もつられて動く。
 交通ルールというのは現実主義で作られているから、理屈よりも結果が重視される。公道通行時、頭を振る必要はない。しかし頭を大きく左右に振れば、見る気はなくとも左右をしっかり見ることになる。
 歳を取って視野が狭くなったって、走っている時、横着をしないで必要に応じて大袈裟なくらいに頭を動かす(つもりで)左右確認をすれば、問題のほとんどは解決する。それは車の運転時にこそ必要なことだ。右左折時、ハンドルを切ると同時にウィンカーを点けるなどというのは人命を軽視しているとしか思えない。

 「法定速度遵守で、結果、追突されて大怪我を負ったとしても、あなたは悪くない」。
 昔、こう言われて切符を切られた。「裁判に勝って障害が残ったとしても、それは埒外」ということで、何とも言いようのない腹立たしさを覚えたのだが、それは逆に言えば「クルマ社会では『交通安全』が全て。ルールとか裁判の勝ち負けは二の次」ということでもある。

 そして、「敢えて、目を動かすのではなく頭を左右に大きく動かす」ことで「確実により広い視野を手に入れる」ことは何よりもの交通安全。視野が狭くなったって頭を動かせば全く問題はない。後続車はその様子を見て、つられて自身も左右確認をする(可能性も出て来る)。
 これは車にも言えること。いや、車こそそうするべきだろう。

 で、また思い出してしまった、一番いやな光景。
 走り出してから、おもむろにシートベルトをする親父。
 若者は意外にそういう大雑把な運転をしないんだよね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする