我が家の庭は中山道が開通した400年前の少し後に造園されたと推定される。今から180年ほど前の嘉永2年(1849年)に出版された一種の旅行案内本、善光寺街道図会に「本陣の百瀬氏・志村氏の林泉は、中山道に稀なりとぞ。」と紹介され、庭の絵図が掲載されている。
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この庭をモデルにした、芥川龍之介の小説「庭」では「それはこの宿の本陣に当る、中村と云ふ旧家の庭だつた。それが旧に復した後、まだ十年とたたない内に、今度は家ぐるみ破壊された。破壊された跡には停車場が建ち、停車場の前には小料理屋が出来た。」となっているのだが、洗馬駅建設によって破壊されたのは、この絵の上半分のみ。この絵の下半分、石組み渓流とひょうたん池(但しほぼ水無し)の部分は今も残っていて、想像力を逞しくすれば、昔の風景を推定することができる。
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土砂で埋まって、普段は水の無い池も、大雨が降ると出現する。
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芥庭