
木曜日が花散らしの雨になる天気予報なので、再び千曲市森のあんずの里へ。あんずの花期は意外と短いのです。満開を少し過ぎて、ちらほらと散り始める頃には、桜も開花するのです。山陰にあったため川中島の戦いで兵火を免れたという信濃三十三番札所第六番・観龍寺の桜も一気に開花しました。ここには母方の祖先が描いた絵が奉納されています。拙書『信州の里山トレッキング 東北信編』でも紹介していますが、この古刹の左手から夕日山を経て大峯山への登山道があります。

禅透院の裏山から鐘楼と黄色いサンシュユの花。いつもあんずと同時に満開になります。在来種のあんずの古い樹も何本かあり、見応えがあります。右の空地で絵を描いているご婦人たちの一団がいました。

その禅透院の裏山に登って撮影した一枚。中央の大ケヤキはまだ芽吹き前。その後ろの桜はほぼ満開です。プロのカメラマンはこういうカットは撮らないですね。立木は杉の木です。アートディレクターならではのカットです。

諏訪立川流の天才、和四郎富昌作の「子持ち竜」の木彫がある興正寺山門越しに枝垂れ桜。これも枝垂れ桜だけを撮影しようとすると障害物だらけなのです。この外連味たっぷりの構図が私は気に入っています。

興正寺全景(左)。母方の祖母の菩提寺なので、いつも花見がてらに墓参します。花見客もここまでは来ません。和四郎富昌作の「子持ち竜」(中)。「旧阿吽(あうん)獅子」嘉永四年 尾張なんとかと書いてある瓦(右)。4つあります。これも見事なものです。

樹齢250年といわれる在来種のあんずの古木。「森のアンズは、天和年間(1681~1683年)元禄時代、伊予宇和島藩主伊達宗利侯の息女豊姫が、松代藩主真田幸道侯に興し入れの際、故郷の春を忘れじとして国許よりアンズの苗木を取り寄せ、松代東条地区に植え付けたのが始まりとされるが、それ以前にもあった可能性はある。安永年間(1772~1780年)松代藩は、森村・倉科村・生萱村・石川村などへ苗木を配布し、栽培を奨励した」

人の多いメインストリートから外れて小道を行くのも一興。

薬師山の展望台から上平方面の眺め。昔はほとんど藁葺き屋根でした。増築や新築によって集落内のあんずの木は減ったかもしれません。それでも在来種の古い木があちこちに見られます。

帰りに妻女山奥の陣馬平へ。日当たりの良い場所の貝母が開花し始めました。来週末ぐらいには満開になってしまうかもしれません。花期はそこそこ長いのでなんとかゴールデンウィークまでは持って欲しいものです。妻女山松代招魂社の桜は、今週末が見頃になるでしょう。『真田丸』効果で訪れる人も増えるでしょう。でも展望台のある現妻女山は、正しくは赤坂山で、謙信本陣と伝わる妻女山、本名斎場山は100m高い古墳の上です。みなさん勘違いして帰っていきます。拙書をぜひお買い求め下さい。真実が書いてあります。
◉森のあんずのスライドショーは、私のYoutubeのページで。ハイビジョンなのでフルスクリーンで御覧ください。
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