毎日が日曜日・でも多忙です!

おかげさまで、毎日を元気に楽しく過ごしています。普段の出来事、思いつくことなどフリーの立場で記録したいと思います。

団地の中にホタルの里が

2015-05-26 21:23:58 | 日記

   団地が造成されたのは昭和47年オイルショックの年だった。近くは孟宗竹の林と、たんぼや畑、その周囲を囲むように竹林からきれいな湧水が用水路のように流れていた。とても静かなところだった。梅雨の始めには竹林をかこむたんぼや畑でホタルの乱舞が見られ、幻想の世界をつくりだしていた。

 ところがこの団地、生活するには不便なことこの上なし。バス停までは歩いて約10分と遠くバスの本数もわずか。小学校は近いが、日々の買い物は遠くまで出かけなければならない。

 その後40年近くの月日が流れ、団地はすっかり様変わりした。バスも団地の中までやってきた。1時間に1本ではあるがとても便利。大型スーパーやディスカウント店も数店できた。それぞれ歩いていける距離にある。歯医者さん、整形クリニックも近くにある。レストランやコンビニも。近くの魚屋さんでは新鮮な魚がいつもいただける。農協の売店では欠かすことなく新鮮な野菜が手に入る。パチンコ店も数件。不便な事は何もない。住宅も次々と増えてきた。だが、家が建つたびに田や畑が浸食されていった。

 昨夜、八景水谷でホタルの乱舞を見て思いだした。団地のホタルどうなっているだろうかと。

 竹林から湧き出た水がわずかに流れる用水路。そのそばに小奇麗なアパートが建っていた。防犯灯が真昼のようにあたりを明るく照らしている。バスの終点から100メートルのところに湧水の流れる溝のような水路がある。一方は昔のままの竹林と草むらだが、もう一方はセメントの壁とフェンス。モダンなアパートがすぐそばまで迫っている。この場所まったくと言ってよいほどホタルの出る環境にはない。

 ホタルを見ようと来てはみたがこの環境。だめだろうと諦めかけていたとき、林の中でかすかに小さな光が上から下へと動いた。ホタルだ。嬉しくなった。ホタルが一匹飛んでいる。住宅に囲まれた団地の中でホタルが舞う、奇跡のような光景だ。しばらくは時間の経つのを忘れ1匹だけの淋しそうなホタルを眺めていた。しばらたった。するとホタルがだんだん増えてきて乱舞する。暗闇の中に夢のような幻想の世界が広がる。観客は“うちの奥さま”と2人だけ、ホタルの乱舞を十分に堪能できたこの夜は素晴らしい夜だった。それも我が家からわずか100㍍のところで。

 団地の中のホタルの里はまだまだ健在だ。自然の偉大さとでもいおうか。余談になるが、団地の方々は近くでホタルが出ることを知ってはおられないようだ。

 

 


晩酌よりもホタル見物

2015-05-25 21:15:37 | 日記

今日は休肝日と宣言した。

1日3食、料理上手の“うちの奥さま”の手料理で、毎日決まった時間に食事をとる。夕食時には、晩酌を欠かしたことがない。5勺の焼酎をお湯で割って飲む。これが楽しみでならない。奥さまも少しだけ私につきあう。わずかな会話が弾む楽しいひとときだ。

ホタルの季節。その情報が次々と入ってくる。御船町の御船川、菊陽町の矢護川、阿蘇地方のホタルもにぎやかだという。毎朝の散歩コースにもホタルの出る場所がある。熊本の江図湖では夜になると街頭の灯りをホタルのために小さくしているという。

朝の散歩コースの一つ、熊本の水がめ八景水谷(はけみや)公園は「源氏ボタル」の里とある。立田山の万石川にもホタルが出るが、ここのホタルは「ひめホタル」。

今日あたりが絶好のチャンスと捉え、大好きな晩酌は名残惜しいが今夜はやめにし、八景水谷(はけみや)公園にホタル見物に出かけることにした。そのために今日の晩酌はお預けにして、普段よりいくらか早く夕食をすませた。

“うちの奥さま”と連れだって家を出た時はまだ明るい。真っ赤な夕日がとても美しい。休肝日の効能の一つだろう。八景水谷公園までは片道約3㌔はあろうか。かなりの距離だ。

公園の中ほどにホタルの案内板が出ていた。

  

素人の浅はかさ、そこにホタルがでるだろうと暗くなるのをじっと待っこととした。だが、いつまでたってもホタルの姿は見えない。「まだ時期が早かったのでは」と奥さまがいう。8時近くになったが、ホタル見物らしき人は一人もこない。夫婦二人で淋しい限りだ。

しびれを切らし、園内を1周してみることとした。公園の一番奥に水が湧き出す池がある。よくみるとホタルが一匹飛んでいるではないか。しばらく待って見ることとした。するとホタルがだんだん増えてきた。まるで幻想の世界が現われた。嬉しくなった。観客はただ二人だけ。幸せだ。暗闇の中で思わず奥さまと顔を見合わせた。

明日は大好きな晩酌が待っているだろう。ホタルの話で会話も弾むことだろう。 


「運動会」がんばってね。元気でね。

2015-05-24 14:08:52 | 日記

午前6時に爆竹が鳴った。聞きなれぬ音に少し驚き窓を開けた。

外は明るく青空が広がっている。家のそばの竹林が朝の陽の光を受けて金色に輝いてみえる。庭に出て見た。近くでは鳥たちの鳴き声がにぎやか。「ちゅん・ちゅん」と鳴いているのは雀だろう。「キョッ・キョッ・キョキョキョ」は多分ほととぎす。「ホーホケキョ」はもちろんうぐいすだ。ハトやカラスの声もする。

朝6時30分のラジオを体操を終えて散歩に出た。毎日欠かさぬ朝の日課だ。散歩のコースは毎日異なり、平均すると5㌔ほどはあるだろうか。

その途中で近くの小学校に通うこどもたちとであった。あれっ、今日は日曜日。それに全員が白の体操着をつけている。そうだ今日は運動会。やっと気づいた。今朝の爆竹、運動会の開催を告げる合い図だったのだ。

毎日が日曜日となってから、ずいぶんと世間とのつながりが薄くなった。1人娘はとっくの昔に社会人。孫も今は京都の大学へ。我が家から「運動会」が消えてから、ずいぶんと時間がたっている。団地で小学生と会う機会はまったくないと言ってよい。

結婚50年の金婚式を迎えた老人夫婦。外出も億劫になり家の中に籠ることが多くなった。外での会話も少なくなり“うちの奥さま”と話を交わすのが精いっぱい。小学校の運動会など忘れるのがあたりまえ。淋しいものだ。午後になって風の向きが変わったのか、運動会の賑やかな音が我が家まで響いてきた。遠い昔を思い出す。

朝の散歩で元気な子どもたちすれ違うわずかな時間、大きな声で「お早うございます」と交わす朝のあいさつがとても楽しい。「運動会がんばってね」と、今朝は一言付け加えた。

 

 


「空き家対策特別措置法」が完全施行される

2015-05-23 11:24:29 | 日記

散歩の途中に、ツタの絡まった空き家が周囲を新しい住宅に囲まれながら建っていた。わが家の団地にも「貸します」「売ります」とかかれた不動産屋の広告が張られた空き家が目立ち、数えてみると5戸ほどもあった。

                   

わが家の団地は1973年オイルショックの年に造成された。完成を待つ間もなく、当時、働き盛りの現役の方々が競って購入し家を新築された。だが、40年近くも過ぎるとその時の住人も年をとってしまい、今は老人ともいわれる程の団地に変わってきた。亡くなられた方も沢山おられる。

高齢者が自活するには沢山の問題を抱えている。孤独死もたびたび新聞等のニュースとなる。後を継ぐ子どもたちの多くは都会へ出て行き団地には帰ってこない。自活できないと家を捨てこどもたちと暮らすか、老人ホームなど介護施設に入居するかの厳しい選択が待っている。その結果がたくさんの空き家を作り出す。

「空き家対策特別措置法」が26日から完全施行される。

この法の目的に「適切な管理が行われていない空き家等が防災、衛生、景観等の地域住民の生活環境に深刻な影響を及ぼしていることに鑑み、地域住民の生命、身体又は財産を保護するとともに、その生活環境の保全を図り、合わせて空き家等の活用を促進しようするもの」とある。

全国の空き家の総数は約260万戸、そのうち個人住宅が約270万戸を占めているという。適切な管理が行われていない住宅や、ほったらかしの空き家が増税されたり、強制撤去されることとなるかもしれない。

最近「終活」が話題になる。「終活」で真剣に考えなければならないのは、遺産相続もあろうが、遺産の少ない庶民にとっては葬儀の費用をどう確保するか。さらにこれからは住宅の撤去費用など多額の出費も重要な課題となることだろう。子どもたちに頼ることはできない。

厳しい世の中になってきたものだ。

 

 

 

 


「漱石と熊本」姜尚中さんの講演を聞いて

2015-05-22 21:03:49 | 日記

来年は夏目漱石の生誕150年を迎える。そのためか漱石にまつわるニュースや行事が多くなってきた感じがする。

5月22日に開催される東京大学名誉教授姜尚中さんの「漱石と熊本」と題した講演会の新聞記事を見たのは3月中ごろのことだった。夫婦40組を招待するとあり、ただちに応募したのだが、なかなか返事がこない。残念だが駄目だったかとあきらめかけていたところ、開催日も近まった4月末になって招待券が届いた。嬉しかった。

姜尚中さんは熊本市の出身、漱石は熊本と深いかかわりを持つ大作家。どんな講演となるのか期待は膨らんだ。やっとその日を迎え、受付時間に間に合うよう余裕を持って会場にきたところ、すでに大勢の人が列を作っている。

  

この講演は朝日旅行が企画した「漱石の世界を歩くシリーズ」の第3段であることを会場で知った。ツアー客は東京、大阪からも参加され、招待客を含めると500人の参加があったそうだ。

講演の前に、全国的に大人気の「学生服姿のくまモン」と椛島熊本県知事のごあいさつがあり、笑いと拍手で会場はおおいに盛り上がった。そこに 姜尚中さんが登場し、いよいよ約1時間半の講演がはじまった。

全国的に「漱石」といえば「坊っちゃん」、「坊っちゃん」というと「松山」と思われている。漱石の人気で熊本は、松山に完全に負けている。漱石が松山にいたのは約1年。熊本では4年3カ月を過ごしている。熊本と松山の人気の差は多分漱石の作品「ぼっちゃん」と「草枕」の違いにある。坊っちゃんは万人に好かれた痛快な作品。だが漱石は「坊っちゃん」を4週間で書き上げている。一方「草枕」は長い期間をかけて想を練った作品だ。しかし難解だともいわれる。このことが人気に影響しているのだろうか。

さらに「漱石は“大人”の作家、芥川龍之介や太宰治は“麻疹”(はしか)の作家だ。漱石を語る上で『草枕』『二百十日』は外せない。柱となっているのは、水と女と川。漱石は人間の情を描いた傑出した大人の作家。」と話された。

楽しくて有益な講演会だった。参加できてよかった。家に帰りすぐに「草枕」の文庫本を開いてみた。語句も内容も確かに難解なものがある。辞書を繰りながら時間をかけても必ず読み上げてしまうと決めた。また一つ仕事が増えました。