このたびの東日本大震災で被災された多くの皆様へ、謹んでお見舞い申し上げます。
大震災直後から、たくさんの支援を全国から賜りましたこと、職員一同心より感謝申し上げます。
また、私たちと共にあって、懸命に復興に取り組んでいらっしゃる関係者の方々に対しても厚く感謝申し上げます。
そのひとはヨーコさんといった。
4人組女性バンドのギターを担当していたのが、メジャーデビュー直後に脱退して、僕が知り合った頃はフリーで時々演奏活動を行なっていた。
ヨーコさんは痩せて手足がひょろひょろと長く、常にサングラスで服は黒づくめだった。
そんな彼女を僕は「邪悪なオリーヴ・オイル」と呼び、出来の悪い弟のように、その後ろにくっついて歩いていた。
三軒茶屋のレコード店主催のフリーマーケットでの彼女のブースで店番をさせられたり、新宿御苑の芝生に転がって作詞の相手をさせられたり。
「井浦くんは(ニール・ヤングの)『アバウト・トゥ・レイン』の歌詞知ってる?」
知ってます。『渚にて』に収録されてますよね。
「歌詞の内容は?」
いえ、韻を良く踏んでいるのは気づいていましたが、内容までは考えたことがありません。
あー、と彼女は言うと、その場でゆっくり訳してくれた。
「こんな歌詞が書きたいな。」
その後、ヨーコさんはトリオ編成のバンドを組むことになったのだが、バンド名がなかなか決まらずにいた。
ヨーコズ・クランはどうでしょう?
シナトラ一家(シナトラ・クラン)にちなんで。
「あら、いいわね。」即決だった。
自主制作のシングルが一枚作られ、2、3回ライブが行なわれた。
終演後、今夜は早く帰る、とヨーコさんが言うので、僕は新宿西口でタクシーを拾って乗せた。
それじゃあ、また。そう言い合って別れ、それきりだった。
携帯電話がないあの時代にはよくある話だ。
時々思い出してネット検索すると、ヨーコさんの思い出を書いているひと、ヨーコさんを探しているひとがいる。
邪悪なオリ―ヴ・オイル、きっと幸せにしているといいな。