日本でも放映された「バットマン」TVシリーズ(1966年)に、リドラー(日本名ナゾラ―)という、なぞなぞを次々繰り出してバットマンを困惑させる脱力系悪役キャラクターがいた。
それが1979年冬、高校生だった僕が週末の深夜、海外の音楽ビデオを放映する当時としては貴重な番組を一人で観ていると、ヘンテコな服を着た男性シンガーが映し出された。
緑色のスーツへ明らかにフェルトペンで手書きした?マーク。おいおい、あんたナゾラーか、と画面にツッコミを入れたのだが、その彼の歌うポップチューンにすっかり心奪われてしまった。苦労人ニック・ロウのヒット・シングル「恋するふたり」だった。
以来、彼の音楽との付き合いは40年に及んでいる。初来日公演も観た。ニック・ロウを知ったことは、僕の人生の宝物だ。
長くなるので彼の生涯については書かないが、カントリーの大御所ジョニー・キャッシュの苦い伝記映画「ウォーク・ザ・ライン」が第一章だとすると、彼の義理の娘と結婚したニック・ロウの波乱の人生は、そのエンディングから始まる続編にあたるのだ。
金満イベントへ唐突に賢治先生を持ち出して、復興五輪などとそらぞらしくすり替えるのはホント、やめていただきたい。
星めぐりの歌
宮沢賢治
あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あをいめだまの 小いぬ
ひかりのへびの とぐろ
オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち
大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて
22分52秒から、クラムボンのボーカル原田郁子が歌う短縮版
この世で一番美しい名前はたぶん、ニック・ロウが娘につけたティファニー・アナスターシャ・ロウか、「風と共に去りぬ」の中でレット・バトラー船長が最愛の一人娘につけたボニー・ブルー・バトラーだと思う。
北部との戦争に否定的だった彼があえて南軍旗の別称ボニー・ブルー・フラッグにちなんだその心意気というか、祖国への思い。これにはスカーレット・オハラならずとも、胸打たれる。
下の映像は、「ゴッズ・アンド・ジェネラルズ」(2003年)という南北戦争を扱った日本未公開作のワンシーン。
リー将軍(ロバート・デュバル!)率いる総司令部への慰問団の小芝居(北軍側のリンカーン大統領を揶揄した内容)のあとに、南軍歌「ボニー・ブルー・フラッグ」が歌われる。
歌って踊る男女二人があまり見かけない顔だったので調べてみたところ、男優はデーモン・カーシュというブロードウエイ・ミュージカル俳優で、女優の方はダナ・スタックポールといい、青森県三沢生まれだそう。ということは、軍人または軍属の娘か。
ジョン・フォード監督の傑作「捜索者」は、南軍に従軍し、戦争が終わってもなかなか復員してこなかった乱暴者のイーサン(ジョン・ウエイン)が帰郷するシーンで幕を開けるのだが、そのバックに「ボニー・ブルー・フラッグ」がゆるやかに流れている。
イーサンと弟の妻マーサの間にあったことは、映画では全く語られていないが、万感の思いがこもった額へのキスを観るたび、泣いてしまう。
「フラッグシップ―旗艦。艦隊の司令官が乗船する艦。
グループホーム虔十はNPO法人なごやかにとって旗艦店だからね、とY管理者、コードネーム『ホワイト・ロールス』へ僕は時々言った。そのたび彼女は誇らしげに笑ってうなずいた。
連合艦隊の旗艦は長く戦艦長門だった。
映画『トラ・トラ・トラ!』(1970年)は山本五十六大将の司令長官着任式(昭和14年9月)のシーンから始まるが、これは福岡県遠賀郡芦屋町に建設された長門と空母赤城の巨大な実物大屋外セットで撮影されている。
ちなみに、先日書いた近江兵曹の同司令部従兵長拝命は翌15年12月のことだ。
このあと連合艦隊の旗艦は次々と変わって行く。
長門がドックでの改装に入る間、旗艦は同型艦の陸奥にいったん移り、改装が終わるとまた長門に戻った。ここで太平洋戦争の開戦(16年12月)を迎える。
同年暮れに戦艦大和が竣工すると翌年2月にそちらへ旗艦が移り、ミッドウエイ海戦の大敗北を遠くから眺めている。
さらに、大和型戦艦の二番艦武蔵が竣工するなり、旗艦が移っている。
その理由というのが、大和の司令部区間より武蔵のそれがラグジュアリーだったからだそうだ。
この、ころころと変わる旗艦の移転を差配したのが近江従兵長で、その際のエピソードをこともなげに自著へ書き綴っている。なんにせよ、戦艦大和、武蔵、長門、陸奥に乗船し、そのすべての心臓部を見たひとって、なかなかいないだろうなあ。」
少し前のこと、日本映画を観ていたら、大阪の小さなレコード店のシーンがあった。
偶然居合わせた自分のマネージャー兼ローディーの男性(成田凌)にヒロイン(小松菜奈)がレコードジャケットをかざして評価を尋ねると、
「ピーター・グリーンの絶頂期の作品でブリティッシュ・ブルースロックの最高傑作の一枚。でもきみの趣味かどうか。」
いいぞ、成田凌。ただ、僕なら親切心からこう言うだろう。
「でもそれ全曲インストだから、買うなら別のものにして、僕が貸してあげるよ。」
―どうも話が長くていけません。
小松菜奈の後ろに、大物ブルースマン、ハウリン・ウルフのLPが二枚並んでいる。
また、成田が初め掘っている棚の隣にはクリスタルズの同題大ヒットシングルを収録した「ヒーズ・ア・レベル」がちょこんと置かれている。
これ完全に、映る箇所は意図的に並べ替えている、と思った。
それにしても、不思議な感覚だった。
老いた僕はこれらのLPを処分しようとしている、一方で、映画の若いヒロインはこの名盤たちに今出会っているのだから。
フリートウッド・マック脱退後の、ソロデビュー作(1970年)だ
小松の左肩越しに見えている、ハウリン・ウルフのデビュー作(1959年)
その隣に置かれた、第二作(1962年)
クリスタルズ名義だが、フィル・スペクターがダーレン・ラブに
歌わせたゴースト・レコード
せっかくなので、個人的に大好きな曲を。フリートウッド・マック在籍時にカバーしたオーティス・
ラッシュの「ホームワーク」。1969年暮れ、フランスのテレビ番組での演奏だ。