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電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

佐伯一麦「Nさんの机で~ものをめぐる文学的自叙伝~ワープロとパソコン(5)」を読む

2014年04月11日 06時02分26秒 | コンピュータ
4月29日付けの山形新聞に、佐伯一麦さんの連載記事「Nさんの机で~ものをめぐる文学的自叙伝~ワープロとパソコン(5)」が掲載されました。今回は、1997年から使い始めたパソコンを持って、奥さんのオスロ留学に同行し、留学生の夫として一年間オスロに滞在することになって、依頼されていた原稿を国際パソコン通信で電子メール送信する話です。

今でこそ添付メールは当たり前ですが、インターネット以前はパソコン通信が主流でしたので、佐伯さんもオスロの自室からコンピュサーブのアクセスポイントに電話をかけ、初めは7ビットで接続し、さらに日本のニフティサーブに8ビットで接続してようやくメールが送れるという苦労を経験します。パソコンのモデム端子と電話線を接続するコネクタの形状が合わない上に変換アダプタも適合せず、仕方なくワニ口クリップで接続するという荒技も駆使します。

そうですね、私がパソコン通信を始めたのは1989年、MS-DOSの時代でした。この頃使っていた通信ソフトは、WTERM/MopTerm/FM秘書 などでした。Windows95の登場後にも、NiftyManagerでパソコン通信もしばらく利用しましたが、画像を伴う WWW の面白さから、しだいにインターネットのほうに移行していきました。1997年といえば、まだパソコン通信のほうがポピュラーだったのかもしれません。紙面にて、PC9821Ls12 というノートパソコンの DSTN 液晶画面に Windows95 の青緑色の背景が見える写真を目にすると、思わず懐かしくなります。そうか、もうそんなになるのか、という気持ちと、まだつい先ごろの話のような気分と。Windows95/NT3.5はずいぶん長く使いましたが、98/Me はすっとばして 2000 と Linux へ進んでしまいました。本当に変化の激しい時期でした。

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