岩波ジュニア新書『脳科学の教科書・こころ編』を引き続き読んでいます。
第4章は、「情動と感情」がテーマです。私たちは、ひじょうによく理解したとき、しばしば「ストンと腑に落ちる」という表現をします。これは、感情をともなって理解した状態を表し、「頭では理解できるけれど感情が受け入れない」状態よりもずっと印象深く定着することが多いものです。また、「情理を尽くした」説得が「理路整然とした」説得よりも効果的なのも同様で、感情と理性の相補性、連関、相互作用を示唆するものでしょう。
本章の節立ては、次のようになっています。
- 情と理
- 基本的な一次感情
- 情動反応の神経メカニズム
- 感情----意識化された情動
- 社会的な二次感情
- 情動と感情のコントロール
ここでは、感情も脳神経系の作用によってわき起こるものであって、理性や記憶に頼っていたのでは判断が遅れてしまうような、危険回避行動や接近行動を支えるだけでなく、生存にとっての有利・不利、好き嫌いといった情動反応に対する自己認知、分類整理され相対化された心的メカニズムである、とする立場に立っています。
情動情報は、大脳皮質にも送られて記憶と照合され、分析されます。とくに前頭葉腹内側部は、外的な刺激の客観的性質とそれにともなって自己にわき起こる情動を連合する場所と考えられています。この連合によって、大脳皮質はソマティック(注:肉体的)な情動反応に、それが引き起こされた文脈と照合しつつ、「善・快」あるいは「悪・不快」という価値を与えて、マークすることになるわけです。また逆に、このマーク機能は、理性的な意思決定を自動的な情動反応を活用しつつ効率化するように作用するとも考えられます。(p.144)
つまり、「理性的判断は感情をおさえて取り組むべきだという一般的理解」は必ずしも常に的を射たものではなく、むしろ「感情なしには理性的判断ができない」(p.145,*1)という立場です。自分の心の内部状態をモニターする機能の発達という視点は、感情やメタ認知といった様々な機能に関係し、興味深いところです。
また、社会的意思決定が、たんにいわゆる理性的で合理的な推論のみで行われているのではなくて、「他人に対する共感や、過去に痛い目にあってこりた経験や、舞い上がるような成功体験などの、社会的感情の記憶を、将来引き起こされるであろう状況を予測する根拠として使っているらしい」(p.154)という考え方は、頷けるものがあります。緊急の対応や複雑な判断を要する場面などに、「感情を利用したメカニズムを使って社会的な意思決定をしていて、このような感情にもとづく経験則が、多くの場合きわめて有効だということ」(p.154)なのでしょう。
さらに、共感や共鳴などの作用についても、ミラー・ニューロン・システムなどを例に、他者の「こころの状態」を推定するはたらきなどに基礎づける考え方が紹介されます。道徳や倫理となると、いささか問題が大きくなりすぎますが、嫉妬・羨望・怨恨・憎悪などの「負の感情」が存在するからこそ、道徳や倫理の意味があるわけで、年を取ってボケて来たり、心の病になったりしたときに、こうした負の感情の側面が表面化したりすることを考えると、脳科学的アプローチの意味は小さくないでしょう。
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たいへん興味深く、おもしろいです。岩波ジュニア新書はすぐれた入門書・概説書が多いですが、本書もまた、今年の前半の収穫の一つと言えそうです。