電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

北重人『夜明けの橋』を読む

2014年05月18日 06時02分43秒 | 読書
新潮文庫で、北重人著『夜明けの橋』を読みました。
第1話:「日照雨」は、武士を捨て、町人となっていた刀屋が、たまたまならず者の武士の集団になぶられ、依頼物の刀を池に捨てられます。じっと我慢していたものの、ついに耐えきれずに、刀屋は脇差で立ち向かいます。因縁も何もない、行きずりの闘争に至る経過には、緊迫感があります。
第2話:「梅花の下で」。かつて河越城の大道寺政繁に仕えていた澤井世右衛門は、武士であることをやめて、調達の経験を生かして薪炭商として店を構え、成功しています。そこへ、昔の仲間である菅九兵衛が訪ねて来たのに加えて、もう一人、當麻平三郎もやってきます。酒を出し、昔話をして懐かしみますが、九兵衛は争いで相手を斬り、家来も死人を出したとのことで、平三郎には最後の介錯、世右衛門には後に残される家族の扶助を頼みに来たのでした。
第3話:「与力」。これは、できれば映画で観たいと思わせる短編です。今は吉原の遊廓の用心棒をしている大道寺三五郎は、元は小田原北条氏に仕えた武士の子でしたが、今は元遊女のおあんを女房にして暮らしています。おあんも元は武家の娘で、館のような家で暮らしていたのでしたが、野盗に襲われて焼き討ちにあい、拐かされて売られた身の上です。町奉行の与力で火付盗賊改役の木次籘兵衛は、江戸の町が日ごとに大きくなるのに人手は足りず、三五郎の武芸と膂力とを高く買っています。残虐な火盗の集団が加賀屋を襲うという情報が入り、三五郎は少ない人数で待ち構えます。この緊張感といい闘争シーンといい、ユーモラスな後日談としての終わり方といい、ほんとによくできたストーリーです。これはやっぱり映画でしょう(^o^)/
第4話:「伊勢町三浦屋」。明日の荷納めと仕込みの話が済むと、三浦屋五郎左衛門の商人としての一日は終わります。晩餉を終えると文机に向かい、文を記すことが、妻も亡くなった五郎左衛門の慰めになっていました。諸人が寝静まっている夜中に筆を執り、小田原籠城戦の記録を書き残す描写は、もしかすると作家の自画像の投影なのでしょうか。
第5話:「日本橋」。空腹で行き倒れになりそうだったけれど、吉之助は橋の普請現場で手伝いをするようになります。幕府が開かれ、江戸の町が次第に形作られていく時期に、橋の普請は競争で行われていました。過剰な競争心は、時に歪んだ形であらわれることがあります。いやなことですが、それもまた世の中の現実でしょう。ここでも、武士をやめて普請の仕事に生きがいを見出す姿が描かれます。



江戸時代草創期の江戸の町を舞台に、元は武士だった者たちが、様々に生きる姿を見せる短編集です。時代設定も、舞台となる町と人々の描き方も、元造園や都市計画コンサルタントを業とした作者ならではの特色を見せてくれます。藤沢周平作品とは違った意味で、これはおもしろい。単行本は平成21年に刊行されているようで、文庫本のほうは平成24年発行です。

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