電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

熊谷達也『潮の音、空の青、海の詩』を読む

2016年10月28日 06時01分21秒 | 読書
2015年の7月にNHK出版から刊行された単行本で、熊谷達也著『潮の音、空の青、海の詩』を読みました。表紙の青い色にひかれて手にしたのでしたが、石巻市の大川小学校の悲劇に関する判決のニュースを聞きながらの読書でした。

2011年3月11日に、仙台市の予備校に講師として働いていた川島聡太は、突然、激しい揺れに見舞われます。このあたりの描写は、山脈をひとつ越えてはいるけれど、まさに私自身が経験した東日本大震災でした。その後の街の様子、停電や通信・物流の途絶なども、まったくそのとおり。でも、作者は川島聡太という青年の経歴を描きながら、津波と火災とによって壊滅した故郷の町とのつながりをあらわにしていきます。

中間部には、近未来の架空の町、高々とそびえる防潮堤に囲まれて海の見えない町に育つ管理された子どもたちの生活を置き、震災からの復興の方向性に作家の想像力で異議を唱えているようです。

そして再び現代に戻り、聡太の同級生たちが町の復興にアイデアをしぼりながら、不幸な境遇にある同級生の母子を救わんとする努力を描きます。なるほど、この子どもが、あの未来のエピソードにつながっていくのですね。



作家の想像力と技巧とで組み立てられた物語は、ストンと腑に落ちるというよりも、知的なフィルターや操作を経て納得するというタイプの作品になっていると感じます。読後感はわりに良かったけれど、あの震災の生々しいリアリティは、一作だけでは描ききれないものなのかもしれません。

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