電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ひのまどか『バルトーク〜歌のなる木と亡命の日々』を読む

2020年10月24日 06時01分20秒 | クラシック音楽
自分の得意分野以外の領域では、専門家による子供向けの本がわかりやすく重宝することが多いものです。これまでもそうした流儀で様々な本を読み、たいへん有益でした(*1)。今回は、たまたま図書館で見つけたリブリオ出版の子供向け作曲家の伝記シリーズから、ひのまどか著『バルトーク〜歌のなる木と亡命の日々』を読みました。著者の本は、『戦火のシンフォニー〜レニングラード攻防戦345日の真実』(*2)をはじめ、『ハイドン』や『シューベルト』(*3)、あるいはロシア5人組を描いた『ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ~嵐の時代をのりこえた「力強い仲間」』などをおもしろく読んでいますが、今回のバルトークも、なかなか興味深い内容でした。

20代でロウ管蓄音機をもって民謡収集を続けるバルトークの姿は、いわゆる大作曲家というイメージとはだいぶ違いますし、ハンガリー平原の様々な場所で女性が歌う純粋な民謡が東洋風な五音音階であることに、マジャール民族はアジア系という昔の地理の知識が重なります。「ハンガリー民謡における楽節構造」という論文を通じてコダーイと出会い、ドイツ音楽の模倣でないハンガリー民謡の価値をあらためて再確認しての行動でした。東のトランシルヴァニア地方には9世紀に中央アジアから移動した遊牧民がハンガリー国を建国したことに起源を持つマジャール民族の人々、西からはローマにルーツを持つラテン民族のルーマニア人の人々が居住し、チンギス・ハンやオスマン・トルコの影響を残しながら長くオーストリア帝国の支配下にあったハンガリーでは、東方にルーツがあると主張しても取り合ってもらえない状態だったようです。民謡収集の成果は「ルーマニア民族舞曲」(*4)として結実します。

しかし、第一次世界大戦後のオーストリア帝国の没落でハンガリーが独立すると、コダーイとバルトークは革命政権側につきますが、政権のリーダーが権力を投げ出してしまい、保守派の反動政治が始まります。ドイツとイタリアではファシズムが台頭し、バルトークは政治から身を引き、国外移住の可能性を探り始めます。この頃、28歳で結婚した12歳年下の妻マルタと離婚、26歳年下のピアノの生徒ディッタと結婚したそうですが、どうやらバルトークは「おさな妻」が好みみたいです(^o^)/



第二次世界大戦の勃発とともに、ハンガリーでもユダヤ人排斥が始まり、バルトークは告別演奏会を開いて母国に別れを告げ、米国に亡命します。そこから亡命の日々が始まりますが、なんともはや、亡命先での様々な援助の申し出を頑なに拒絶し、民族音楽の録音研究が魅力でコロンビア大学の非常勤を選択。週三回の仕事で支払われる収入では暮らせません。このあたり、米国人の無理解というよりはむしろバルトーク本人の誇りが妨げになっているようです。ひそかに白血病が進行する中で、指揮者クーセヴィツキーとボストン交響楽団から委嘱された「オーケストラのための協奏曲」(*5)を完成、初めて米国での成功を味わいます。しかし、残された時間は少なく、ピアニストとしての才能を認めていた妻ディッタのために「ピアノ協奏曲第3番」を作曲、亡くなります。

うーむ、人柄としては純粋というべきか頑固というべきか、微妙なところです。米国で友人知人の援助を素直に受けていたとしても、当時の医学では白血病の進行が多少遅くなったかもしれないという程度かもしれず、バルトーク個人の運命はいかんともしがたいものかもしれません。ただ、歴史の大きな流れの中で可能な限り抗った姿は、痛々しくもありつつ、立派だと感じざるを得ません。山形交響楽団の常任指揮者に就任する際に、飯森範親さんが選んだのがバルトークの「管弦楽のための協奏曲」でした。あのときの楽員の皆さんの緊張感と素晴らしい演奏は今も強く印象に残っており、定期会員になろうと考えたきっかけとなりました。演奏会で、録音で、今後もバルトークの音楽にたくさんふれていきたいと願っているところです。

(*1):例えば、那須田務『音楽ってすばらしい~古楽演奏による音楽の魅力の発見』を読む〜「電網郊外散歩道」2011年9月 など。
(*2):ひの・まどか『戦火のシンフォニー〜レニングラード攻防戦345日の真実』を読む〜『電網郊外散歩道』2014年8月
(*3):ひの・まどか『シューベルト』を読む〜「電網郊外散歩道」2008年8月
(*4): YouTube より、「ルーマニア民族舞曲」、ノルウェー室内管弦楽団の演奏。
Béla Bartók - Romanian Folk Dances for String Orchestra Sz.56 BB 68

(*5): YouTube より、「管弦楽のための協奏曲」、フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団の演奏。
BARTOK: Concerto for Orchestra Sz. 116 / Reiner · Chicago Symphony Orchestra


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