子ども時代、と言ってもまだ幼い頃の記憶ですから、おそらくは昭和30年代の中頃までのことでしょうが、田舎の農家の身の回りには真っ白な紙というのは珍しい存在でした。もちろん、障子紙や習字の半紙などはありましたが、子どもが落書きできる白い洋紙というのは、新聞に折込で入ってくるチラシの裏がときどき白いものがあるくらいでした。筆記具は筆や墨などは子供の落書き向きではありませんので、当然ながらちびた鉛筆です。何を書いていたのかは記憶にありませんが、黄土色のザラ紙ではなく白い紙が憧れだったことは確かで、高校を卒業するときにB4判の上質紙を一シメ(1,000枚)買った時の嬉しさは記憶にあります。
その頃から数えるとすでに50年以上が過ぎています。インクジェット紙としてふんだんに使った上質紙や、レーザープリンタ用としてストックしているコピー用紙など、惜しげなく真っ白な紙を使い、内容に誤りを見つけて印刷し直したミスコピー紙を処分するときには、チラリと心が悼みます。子ども時代には憧れだった白い紙。その上で空想の翼が高々と飛翔することはもうないのかもしれませんが。安心して寝ている膝上の猫の表情を見て、ふいにそんなことを思い出しました。
その頃から数えるとすでに50年以上が過ぎています。インクジェット紙としてふんだんに使った上質紙や、レーザープリンタ用としてストックしているコピー用紙など、惜しげなく真っ白な紙を使い、内容に誤りを見つけて印刷し直したミスコピー紙を処分するときには、チラリと心が悼みます。子ども時代には憧れだった白い紙。その上で空想の翼が高々と飛翔することはもうないのかもしれませんが。安心して寝ている膝上の猫の表情を見て、ふいにそんなことを思い出しました。
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