御縁があって、過日、某小学校の子どもたちによる「雪中田植え」行事を見学することができました。今年も雪が少なく、コンテナに雪を集めて雪田に見立て、これにワラと豆ガラを束ねて苗に見立てたものを植えるものです。たぶん、ワラは稲を表して水田稲作を、豆ガラは豆を表して畑の作物を代表するものなのでしょう。昔の人たちが田んぼや畑の作物の豊作を祈るもので、その習俗が伝えられたものと思います。
この地域では、河岸段丘の下段の湿地帯は古代には荘園となっていたようですが、上段の畑地帯は中世までは水不足で水田にはできなかったため、人口は一定のレベルを超えることがなかった。けれど、近世になって武士の土木技術が農民層にも広がりを見せ、有力な豪農が堰を開削して畑を水田に変えることができたために人口の増加が起こり、その結果、江戸時代に寺の数が増えていったと考えられます。何年に誰が誰と戦って政権を打ち立てたかを覚えるような歴史にはあまり興味が持てなかったけれど、「雪中田植え」という行事を通して人々の営みを想像するとき、様々な工夫をして時代を動かし、今の姿を作ってきたことが実感としてわかるような気がします。
柳田邦夫、宮本常一らの民族史ですね。
>電網郊外散歩道さん>古い日本の暮らしが後世に伝わる素晴らしい行事だと思いました。... への返信
コメントありがとうございます。この寒い時に、なにを好きこのんで雪の田に植える真似事をするのかと疑問でしたが、植える苗を見てわかりました。稲作と畑作を象徴する基本作物だったのですね。大きな歴史の流れを感じさせる伝統習俗行事でした。ちょいと感動です。