確か1838年の「冠船躍方日記」には、具体的な舞台や演技者についても記録があったと記憶している。崎原さんの博論を読むと、出演者のキャラクターについても説明があり、また舞台は確か筵の上でなされたと記憶している。
今回の研究公演は、とても印象深く、面白かった。特に衣装に見ごたえがあった。舞台に筵は敷かれていなかった。
乙樽の宮城茂雄は唱えも宮城能鳳さんの太い声音の吟使いと異なり高音でよりフェミニン、こてい節「御慈悲ある故ど 御萬人のまぎり 上下も揃て 仰ぎ拝む」 の踊も優雅に見えた。
フェミニン、かつ男性に勝る覚悟を秘めた乙樽の冷静さに息をのむ場面。糺しの場において敵方の谷茶の按司と臣下の満名の子や石川の比屋を相手に挑むのである。決死の想いでその場に馳せた緊張感、満名や石川の追及をかわしていくそのことばのレトリックの巧みさ!谷茶の心を突き動かす美貌とことばの力は、やがて満名の鋭い予見を覆していく。
乙樽の言の葉に態度を豹変させる谷茶の有名な独白の場面、観衆に向かって吐露する心情は戦前の観衆を沸かせたものだった、と以前真喜志康忠氏からうかがった覚えがあるが、今回あまり笑いは起こらなかった。観客の反応については戦前の琉球新報の記事にも書かれている。「XXXX按司」とヤジも飛んだようだ。
乙樽のある台詞からすっかり豹変していく谷茶の按司は満名と石川を払いのけ、つまり見抜いていた満名を亡き者にするに至るが、彼女の「殺せ殺せ、わが命惜しくはない」と啖呵を切る場面までの、二人のやり取りが際立った見どころなのである。(以前「忠孝婦人」については論文を書いたので、具体的に台詞など紹介したいが、ことばによって、動いてい行く感情の起伏が面白い。ここでは台詞は割愛する)
川満香多が弛緩と緊迫感のある演技と声音を巧妙に使い分けで魅了した。谷茶をうまく演じのけた。感情がまさって立つ所作、声音まで変えて表出するその変貌ぶりは笑いがこぼれたが、一方で乙樽の所作はどことなく、人形のような雰囲気を醸して見えた。役回りとして技巧なり奸計で強者の按司を騙さざるを得ない女の演技である。
それが台詞とあいまって表象もまた技巧的に身体が呼応していく。
力学がエネルギーが逆転するこの場面は、乙樽の勝ちである。武将の按司も感情に流されていくが、谷茶の按司の台詞は心に沁みてくるものがある。台詞割愛。後で脚本をひも解いて追記。
とまぁー、うまく乳母として若按司に再会する乙樽。
次の場面で物売りに扮した村原が登場し、そして泊(マルムン)が登場、その二人のやり取りがまた面白い。仇討ち物で一番長いこの「忠孝婦人」が実は最も面白い所以でもある。嘉数道彦と玉城匠がそつなく演じ唱えた。
やや高い声音の泊だったが、違和感はなく中にすんなり入っていった。
さていよいよ、城討ちに入っていくが、その前に眼玉の赤い板締縮緬を身に着けた若按司が風車を持って登場、そこに乙樽がやってきて、二人は味方と共に逃げる。その場面の演出が、目が回った。何度も、3、4回狭いステージを風車のように歩き回るのである。すこし過剰な動きに見えた。
乙樽と若按司の逃亡に気が付いた按司が追いかける。待ち受ける村原一行。差配をする村原の衣装がいい。羅陣羽織と胸當がまばゆい。原国兄弟は緋縮緬裏緋さや衣装がいかにも美少年のイメージが浮き立つが、なぜか童顔に見えた。村原の台詞は緊張感に溢れている印象、谷茶の按司と村原の一騎打ちの場面も見せば、そして緋縮緬の原国兄弟が長刀を持って按司と闘う。
この終幕の場面で気になったは、乙樽の口語表現が女ではなく男になっていたことだ。もはやフェミナンを超えた宮城茂雄の男性が顕れたようで、女性性と男性性の両性具有はあり得るが、声音の中に女としての凛とした語気を表出する時の差異に興味を持った。
戦終わり、按司を打ち滅ぼし、乙樽と若按司が村原に相対する。妻の労をねねぎらう夫の言葉には安どと敬意がこもっているような~。そして若按司は村原との再会を喜ぶ。踊って戻ろう。元の御世、城は取り戻せたのだ。
張り出し舞台だと劇場がコンパクトに小さく感じられる。1838年の舞台の再現だという。生松が舞台上にあったという設定で松が一本幕の前に立った。
橋掛かりの出入りが多く、北表、南表はやや少なかったけれど違和感はなかった。
役柄として満名の子にもっと迫力が欲しかった。泊は演技にメリハリがあり、原国兄弟は初々しく、若按司は愛らしく甲高い声が響いた。
演技の緩急の面白さは谷茶の按司の川満香多が耳目を惹きつけた。こなれた宮城茂雄の演技や唱えの艶も魅了された。ただ演出の面で気になるところが多少あったので、演出家のお二人のコンセプトが必要かと感じた。
何回か観てきた「忠孝婦人」(大川敵討)だが、谷茶も乙樽も村原も泊も原国兄弟も満名も見せ場がある輝く主人公たちだ。役者によってまた舞台の味わいも観客の反応も変わってくる作品にちがいない。
後ほど追記~。誤字脱字確認します。
ステージガイドより
衣装について!