<大峰山脈>についてその概要をガイドブックから一部書き写すと
「北は吉野山から南は熊野本宮付近に達し、その間に近畿の最高峰八経ヶ岳を頂点に1200m以上の名のある山は50座を数える長大な山脈で・・・」また大峰は「尾根歩きよりも谷歩きの方に魅力がある・・」とある。
確かに北アルプスに較べると標高は低いものの大峯の尾根から眺めると遠くまで山が連なり、足元を眺め下ろすと深い渓谷が刻まれ、たくさんの滝が流れ落ち、沢山の温泉も楽しむことが出来た。
大峰は修験道の根本道場といわれ、古来から行者達の霊場があり、この奥駈道(参詣道)が2004年に世界遺産に登録された。

昨年は5月8日から北奥駈道を歩いた。厳しい稜線歩きで中2日間は雨にたたられた。
今年はその続き、南奥駈けを4泊5日・4月26日~4月30日歩いた。またも中2日は雨にたたられた。大峰は「年間降水量が4000mmを超す多雨地帯である」ことを実感した。
4月26日(土)
松本からの参加者4名はオン・ジ・アースの車で高速道を乗り継ぎ、奈良県吉野郡前鬼の宿坊・小中坊まで1日がかりの移動。

↑ 小仲坊の朝6時、東の空が紅くなった
4月27日(日)
宿から登り始め、太古の辻にて稜線へ。
稜線直下にあった残雪

↑ 前回歩いた北大峯道の大日岳から釈迦ヶ岳
太古の辻
ここからこの稜線を南下した。雨の多い山なのに、この枯れた尾根にはがっかりする。

稜線上の木はこれから芽吹く。

赤い幹はヒメシャラの林 この美しい花が咲く時にまた来てみたい・・・
シャクナゲの花も硬い蕾
緑はコバイケイソウなど鹿が食べない植物だけが残って、笹の葉は食べつくされている。

天狗山、地蔵岳(子守岳)、涅槃岳と稜線上のアップダウンがつづいた。

↑ 奥に明日越えていく山並みが遠望できた。
計画では8時間にはずが、山歩きになれない方もいてゆっくりの行程となり、11時間後なんとか無人の山小屋・平治の宿へ到着。
夕食は簡易のフリーズドライにお湯を注ぎ、麺や五目御飯、ピラフなどを摂った。ガイドのH氏は囲炉裏で火を焚いてくれたが生木だったとかで煙いこと・・・。
4月28日(月)
平治の宿で寒い一夜を過ごした。シュラフ、シュラフカバー、エアマットと3点セットを持っていたが、朝方から冷え込んだ。
平治の宿
小屋の前に、かの今西錦司先生の桜の木がちょうど花を開いており、感激! しかし早朝出発の5時には深い霧で上手く写せなかった。


倶利伽羅岳、行仙岳を経て南奥駈最高峰傘捨山(仙ヶ岳)1257mへ
昼近くなって本降りの雨になってしまった。雨の中で昼食を摂った。
休憩した仙ヶ岳山小屋
地蔵ヶ岳・槍ヶ岳から香精山までは鎖場や難所がつづき、山歩きに慣れない者がいることや体調が悪い者も出て予定時間の5割増しとなっていた。ガイド氏はこのままだとヘッドランプを使うようになるかもとあせり始めた・・・。

香精山(こうしょうやま)を過ぎたところで、予定の行程を1時間繰上げ、塔ノ谷峠から上葛川沿いのエスケープ道を降りた。この日の行動時間8時間を大きく越え、12時間となった。
この日の宿は十津川温泉・山水だった。温かい温泉とおいしい夕食が疲れた体を温めてくれた。この宿は以前、高野山から本宮までの小辺路歩きでも使ったいい宿だった。
4月29日(火)
参加者の多くは昨日までの疲れが残っていた。その様子からガイド氏から予定のコースを最終日の半日コースとチエンジ することが提案され、もちろんと全員は納得したのだった。
吹越峠からみた新宮の本宮旧社と熊野川






備崎で”みそぎ”の川渡りをができるか様子見をしているガイド氏とYさん。この後おふたりはしっかり渡ったのでした。翌日は熊野川(新宮川)は増水していた。


熊野本宮の参拝
この日の宿は田辺市本宮町・湯の峰荘。ここのお湯も気持ちのいい温泉だった。
4月30日(水)
朝6時半、朝食と昼食の弁当を2つ作ってもらい早発ちとなった。
3日目に終了した塔ノ谷峠まで登り、そこから2時間玉置山へ歩いた。その先大森山の登り、15時半までに山在峠に下りるというもの。実はその計画を実行してくれたのは、ガイド氏とYさんふたり。
玉置山神社でお神酒をいただいて気合をいれて最後の歩きに出発された。予定通り15時半に山在峠に下山され、立派に歩きとおしたYさんを祝福したのだった。

残された者は玉置山登頂後、玉置山神社に参拝し、半日の山歩きだけで下山。
玉置神社の神代杉、この山には巨杉が何本もあり、天然記念物になっている



玉置神社
その後ゆっくりふもとの昴の湯に入り、たまった疲れをとったのだった。山在峠に下りた2名と合流し、3時間かけて前鬼にガイド氏の車を回収に向かった。

前鬼の不動七重滝、水量がすごい! 車道からは滝の下部までは見えない。

前回はこの滝の下部を沢に降りて眺めたのだった。