のんスケの‥行き当たりバッタリ!

ぐうたら人生を送ってきた私が、この歳になって感じる、喜び、幸せ、感動、時に怒りなどを、自由に書いていきたいと思います。

心に響いた‥ことばと映像

2011-12-11 16:31:41 | 日記

 この間の「N響アワー」で、シューベルトの「未完成交響曲」を取り上げていました。

                       ←シューベルト(1797~1828)

 「未完成交響曲」の哀愁ただよう調べは、私も大好きですが、その番組で私の心に沁みたのは、その交響曲を作曲する頃にシューベルトが語った、

次のようなことば(詩)でした。

                     私は 遠い地方へさすらいの旅に出た

                   私は歌を 永い永い年月にわたって歌い続けた

                  

                     私が愛を歌おうとすると

                   それは苦しみに変わった

                   そして私が苦しみばかり歌おうとすると

                   それは愛に変わった

 

                   こうして私を愛と苦しみが

                     真っ二つに引き裂いたのだ

                                                     「私の夢」(1822)より

 

 次はずいぶん前になりますが、やはりNHKの「歴史秘話ヒストリア」で、細川ガラシャを取り上げた時のこと。

 明智光秀の女(むすめ)として生まれ、細川忠興の妻となり、関ヶ原の戦の折、人質になるのを拒んで自害した彼女ですが、彼女が詠んだ、辞世の

歌。

          散りぬべき  時知りてこそ  世の中の  花も花なれ  人も人なれ 

 

 なんという潔さだろう!

 もちろん私には、爪の垢ほども真似はできないけれど‥。

 

 次は最近の「新日本風土記」で、京都の仏像を取り上げた時の、二つのちっちゃな仏さまの映像です。

 一つ目は、京都三千院のお庭に、そっと置かれた(いらっしゃる)二体の石の仏さま。

                   

 

 二つ目は、櫻井覚山さん(仏師)が、祈りを込めて彫られ、東日本大震災で被災された人々のもとに贈られた、手のひらサイズの仏像。

                      

 仏像を持っておられる手は、被災者のものです。

 ほとんど無宗教に近い私ですが、穏やかな仏像のお顔や姿は、やはり心に沁みます。

 

    


ある冬の晴れた日

2011-12-11 14:16:34 | 日記

 一昨日は、大阪でも気温がグッと下がり、いかにも冬らしい晴天でした。

 私の狭い部屋にも、ベランダから冬の陽射しがさしこみ、窓辺のポトスを明るく照らしました。

                 

 

 ベランダに置いてある僅かばかりの鉢植えの中には、夏の猛暑をなんとかしのいで生き延び、少しだけど、花や実を付けているものがあります。

                 ←去年、友だちにもらった南天が、今年初めてちょっとだけ実をつけた。

                         

                         

                         

 

 お天気に誘われて、又々長いこと行くのをさぼっていた中津公園に、お昼過ぎに行ってみることにしました。

 中津公園には、銀杏の木が数本ありますが、中に一本、とっても大きい銀杏の木があって、公園の真ん中に、すっくと立っています。

 その木は、新緑のときも、黄葉の秋も、裸木の冬でさえ、存在感抜群で、公園に来る皆んなを見守るように、どっしりと立っているのです。

 辺りが紅葉するのを見ながら、公園のあの銀杏も、もう色づいているだろうな、早く行かないと散ってしまうと思いながら、行けずにいたのでした。

 行ってみると、他の銀杏は半分以上葉を落としているなかで、その銀杏だけはまだしっかり葉を付けていました。

 でも今年の天候不順がたたってか、葉っぱの色がいつもよりくすんでいるのは残念でしたが‥。

                          

                          

                     

 

 公園の木を前景に淀川の堤防を望むと、いかにも冬の景色らしい、キッパリとした感じがして、いいなと思いました。

                     ←電線が無ければ、イイもっとのに。