のんスケの‥行き当たりバッタリ!

ぐうたら人生を送ってきた私が、この歳になって感じる、喜び、幸せ、感動、時に怒りなどを、自由に書いていきたいと思います。

日展

2013-02-26 19:48:49 | 日記

 今日は友人Mさんと、天王寺美術館の「日展」を見に行った。

 

 でも先ずは、梅田で食事。

 今日は11時に待ち合わせたので、新装オープン以来満席でなかなか入れなかった阪急百貨店のレストラン街に、行ってみることにした。

 案の定、どのお店も比較的空いていて、私たちは「福喜鮨」というお店に入り、そこで、“蒸しちらし寿司”をいただいた。

               

 

 

 食事を終わると、地下鉄谷町線で、天王寺へ。

 天王寺公園を通って、美術館へと向かう。

 

 高さ300メートル、日本一高いビル・“あべのハルカス”の外装工事が、昨日で全て終わったと、テレビが報じていた。

 美術館へ向かう道すがら、紅梅を前景にして、その“あべのハルカス” が、シルエットのように見えた。

 そして、美術館到着。

          

 

 

 「日展」は、彫刻・油絵・日本画・書etcと、いろんな分野の作品が数多く展示されているので、丁寧に見ていくと、結構疲れる。

 Mさんは「書」をやっておられるので、勉強を兼ねて熱心に見ておられたが、何をやっている訳でもない私は、イイカゲンそのもの‥。

 自分の好きな作品だけを選んで見て、後はサッサと素通りだ。

 見終った後、わりと好きだった絵と書のポストカード(3枚)を買って、展覧会場を後にした。

             

 

 

 帰り、美術館に付属している喫茶店に寄って、私たちは、食事のときにはあまり出来なかった“お喋り”に花を咲かせた。

 なにしろ、(一人で行くときは別だが)展覧会行きの目的の半分(以上?)は“お喋り”、という私たちだから‥。

 

 

 

 


“ボクは、今日もガンバルのだ!”

2013-02-26 18:49:23 | 日記

 2,3日前の「光の春」の日、ベランダの鉢植えに水やりをしようと窓辺に近寄ると、「カタ、カタ、カタ、カタ‥」と、音がする。

 音の主をたずねると、サイドボードの上に置かれた「ユラちゃん」が、必死で左右に揺れながら、音を出している。

 光の量が普通だと、ユラちゃんは、左右にユラユラと揺れるだけ‥。(それはそれで、とても可愛いのだけれど)

 でも、「光の春」の日、太陽の光線がまともに当たったりすると、ユラちゃんの振動は大きくなり、音まで出して大きく左右に身体を動かす。

 カタ、カタ、カタ、カタ!

                  

 

 「ボクは、たった100円のしがないオモチャだけれど、光さえあれば、サボらずにガンバって働くよ!」

 物言わぬユラちゃんだけど、一生懸命動いているその姿からは、ユラちゃんのそんな声が聞こえてくるよう‥。

 本当に、かわいい子だね‥ユラちゃんは!

 

 

 その日、ユラちゃんに負けまいとするかのように、窓辺の花たちも、自らを輝かせていた。

              

 

 

 


懐かしくも切ない≪ニニ・ロッソのトランペット≫

2013-02-23 19:06:53 | 日記

  ずいぶん前になるが、テレビ「題名のない音楽会」で、トランペットの特集をやっていた。

 その時、ほんとに僅かな時間だったが、ニニ・ロッソが「夜空のトランペット」を演奏している古い映像が、映し出された。

              

 

 観客から贈られた(であろう)花束を左手に持ち、右手を振って観客の声援に応えながら、器用に左手だけでトランペットを吹く、ニニ・ロッソ!

 彼のその、何とも言えぬカッコいい姿・優しい面立ちが、一瞬にして、私を画面に釘づけにした。

 そして、彼の奏でる「夜空のトランペット」の、甘く切ない音色は、私の胸を強くしめつけた。

 

 私は若いころ、一度か二度、彼のコンサートに行ったことがある。

 私は他のトランペッターをほとんど知らないが、ニニ・ロッソのトランペットの透明感のある音色は、本当にステキで、大好きだった。

 でも、彼が世を去られてからずいぶん年月が過ぎ、私もいろんな事に取り紛れているうちに、彼と彼のトランペットのことは、記憶の彼方に消えかかっ

ていた。

 

 けれど、テレビで「夜空のトランペット」を吹く彼の姿を見、その音色を聴いたとき、私の心は一瞬にして、若かりし頃に引き戻された。

 ニニ・ロッソのトランペットの甘く切ない音色に心を揺さぶられた、若かったあの頃に。

 

 ニニ・ロッソを、もう一度聴きたい!

 私の中で、その思いが次第に強くなっていった。

 そして一昨日やっと、梅田のCDショップで、「NINI ROSSO」のCDを手に入れることができた。

       

 

 

 CDには、全部で、21曲が収められている。

              

                  収められた21曲は、どれもよく知っている曲ばかり。

 

 

 CDを買ってきてからというもの、私は暇ができればすぐに、(ご近所からお小言が出ないかと懸念しつつ)大音量にして、聴いている。

 そして何度聴いてもその度に、私の心は、若いころと同じように、激しく震え波だって、切ない幸せに満たされる。

              

 

 

 

 


雪景色を求めて、奈良公園を歩くも‥。

2013-02-22 20:14:56 | 日記

 雨水の日の翌朝(19日)、関西地方にも雪が降って、奈良は5センチの積雪だと、テレビが報じていた。

 私は、奈良在住の友だちに電話して、雪の様子を尋ねた。

 友だちは、雪は屋根に少し残ってる程度だから、わざわざ来ても無駄足になるのでは‥と言われた。

 そこで私は、その日の奈良行きを断念した。

 

 ところが11時前に、友だちから再度電話があって、今又盛んに雪が降り出しているから是非いらっしゃい!とのこと。

 私は、一旦下ろした重い腰をヨイコラショと上げて準備をし、奈良に向かった。 

 

 でも、奈良に向かう電車の車窓に流れる景色の中には、ホンの一部を除いて、雪はほとんど見られなかった。

 何だか、嫌な予感‥。

 

 そして、その予感は、みごとに的中した!

 近鉄奈良駅(地下)から地上に上がって回りを見まわすも、雪はかけらも見えない。

 おまけに雪から変わった冷たい雨が、ショボショボと降っている。

 

 私はため息が出そうなのをこらえて、とりあえず(友だちから聞いていた)“片岡梅林”を目指して、雨の中を歩き始めた。

 “片岡梅林”は、“浮見堂”の近くにあるという。

 そこで先ずは、分かりやすい浮見堂を目標に、歩くことにした。

 浮見堂に行く途中のアチコチで、鹿が群れていた。

 (よく見ると草地にちょっとだけ、雪が残っている。)

             

 

 

 かなり歩いて、浮見堂のある“鷺池”に到着。

 浮見堂の屋根に、少しだけ、雪の痕跡が見える。

                  

 

 

 鷺池に枝を伸ばしている桜の老木には、他の植物たちが寄生して葉っぱを伸ばしていた。

                  

 

 

 鷺池の近くに、少しだけ花を開いた梅の木があった。

 今回の奈良行きで私は、梅の花や枝にふわっと積もった雪を、ぜひ撮りたかったのだけれど、梅の花の周りにあるのは、雪ではなく、雨の滴だけだっ

た‥。

       

 

 

 池から上に上がって行くと、目指す“片岡梅林”があった。

 でも、片岡梅林の梅はどれも古木で、丈も低く、まだ全く花を開いていなかった。

 花のまだ無い梅の古木の間を、1匹の鹿が、ゆっくり歩いていた。

                

 

 

 梅林の近くに建っている“円窓亭”には、どっしりと存在感があって、心惹かれた。

 円窓亭の屋根にも、いくばくかの雪が残っていた。

                  

 

 

 梅林をあとにして、“飛火野”に入る。

 すると、飛火野の向こうに、ウッスラと雪を被った山(“御蓋山”と言うらしい)が、姿を現した。

 私は今回、ここで初めて、多少とも雪景色らしい風景に出会うことができたようで、うれしかった。

           

                   

 

 

 広い飛火野では、なぜか鹿が1匹だけで、歩いたり佇んでいたりした。

             

                        

 

 

 私は、御蓋山を、再度アップで撮ってから、飛火野を後にした。

                 

 

 

 この頃になると、私は、ドッと疲れを感じ始めていた。

 雨の中をアチコチ、2時間以上歩き回ったのだから、疲れが出るのも当然かもしれない。

 私は、奈良に来た時よく行く「荷(にない)茶屋」(春日大社・万葉植物園前にある)で食事と休憩をとるために、急ぎそこに向かった。

 と言っても、疲れ切っている私の脚は、そんなに速くは動いてくれなかったけれど‥。

 

 

 「荷茶屋」は、素朴ながら、なかなか趣味のいいお店だ。

 中に入ると、テーブルの上にさりげなく飾られた花が、疲れを癒してくれる。

               

 

       

 

 

 私が陣取った席にも、実を付けた植物が、色取りのよく合う花瓶に、うまく活けられていた。

                

 

 

 荷茶屋には中庭があって、見ると、そこにはわずかに雪が残っているようだ。

 私は、食事より先に、中庭に出てみた。

 案の定、中庭のそこここに、ちょっとだけだけれど、雪のなごりがあった。

       

 

 

 さて、食事は? … ここに来たらいつも食べてる“万葉粥”の定食。

 温まって、とっても美味しかった!

                 

 

 

 食事を終えてからお店の方に、今日の雪の状態を聞いてみると、御蓋山と若草山にはまだ雪が残っているのでは‥と言われた。

 御蓋山は飛火野から見たけれど、(先に梅林に行ってしまったので)若草山は、うかつにも、まだ見ていない。

 そこで、“新公会堂”前の広場に廻って、そこから若草山を見ることにした。

 

 若草山は、(上の方は大分雪が無くなっていたけれど)確かに下の方には、かなり雪が残っていた。

 でもなぜか、若草山の全景をちゃんと撮った写真が無いことに、帰ってから気付いた。

 なので、若草山の写真は、左側に半分だけ写っている、下の写真のみ‥(涙)

              

 

 

 一応若草山も見たし、私はいよいよこれで奈良を後にすることにした。

 新公会堂前広場から、私は一路、近鉄奈良駅に向かって歩いていった。

 

 でも途中、ふと後ろを振り返ると、民家の屋根の上に、若草山が、少しだけてっぺんを覗かせている。

 私は、性懲りもなくシャッターを押した。

 そして、道の左手の公園側には、山茶花がまっ赤な花をつけていた。

 今日一日、モノトーンの世界にいた感じの私の目に、その赤が鮮やかに映って、これ又シャッターを押すことになってしまった。

         

 

 

 

 

  

 

 

   

 

             

 


“雨水”の今日は‥。

2013-02-18 19:33:50 | 日記

 今日は、二十四節気の一つの“雨水”だと、朝のテレビが言っていた。

 “雨水”は、今までは“雪”が降っていたのが“雨”に変わる頃、を言うらしいが、もちろんこれは旧暦でのこと。

 未だ雪との格闘に明け暮れておられる雪国の人からは、「何が雨水よ!」と、お怒りの声が聞こえてきそうだ。

 又、ここ大阪では逆に、一年を通じて雪がほとんど降らないために、“雨水”が実感を持っては感じられない。

 

 でも、“雨水”という言葉には、日本語らしい繊細でやさしい響きがあって、やっぱりステキな言葉の一つだと、私は思う。

 

 それはともかく“雨水”の今日、偶然にも大阪は、雨の降り続く一日となった。

 雨だけれど、今日は西宮のお医者さんに、薬をもらいに行かねばならない。

 私は、覚悟を決めて、雨の中を出掛けた。

 

 阪急電車に乗ってしばらくすると、私の(ちょっと離れた)並びの席に(間は空席だった)、バッグを持った女性が座られた。

 そしてしばらくするとその女性が、バッグの方に向かって、しきりに何かささやくように喋り始められた。

 私は思わず、彼女とそのバッグに、目をやった。

 すると、なんとバッグの中に、白黒2匹の犬が入っているではないか!

 2匹はとてもおとなしく、バッグの中でじっとしている。

 2匹ともまだ2歳だそうだ。

 私は、電車の中で滅多に見かけないこの光景を、写真に撮らせてもらいたくなった。

 しばらく躊躇したあと、その女性にお願いすると、快く承知してくださった。

                

 

 

 

 西宮に着き、薬局で薬を受け取ったあと、私は昼食をとるために、西宮ガーデンズに向かった。

 西宮ガーデンズは、百貨店やレストラン・文化施設などを併せ持った、一大商業施設だ。

     

 

 

 私は、4階のお店で、牡蠣フライ定食をいただいた。

 そして、その後、雨の中を性懲りもなく、“ガーデン”に出てみた。

 お天気のいい日には、ここは家族連れでにぎわう場所なのだが、今日は当然ながら人影は見えず、噴水がむなしく省エネモードで水を噴き出してい

た。

                 

 

 

 ここに数多く植えられているオリーブの木も、雨に濡れそぼち、わずかに葉を残した木の枝には、雨滴がいっぱいだった。

        

 

 私は早々にガーデンズを後にし、雨の中をひた走る電車に乗って、帰路についた。

 帰りの電車では、ワンちゃんにも猫ちゃんにも、出会わなかった‥。

  

             


「光の春」 と “ユラちゃん”

2013-02-17 17:35:18 | 日記

 数日前、気温は低くてまだ寒いのに、ベランダから空を見上げると、その空に、冬の青空とは何か違うキラメキを見つけた。

 日の光が何だかキラキラしていて、空だけには、もう春が来ている感じがした。

 この間姉と食事をした時その話をすると、姉も同感だと言って、こんな季節のことを「光の春」と言うらしいと、教えてくれた。

 

 「光の春」かあ!

 いい言葉やなあ!

 

 昨日も、カーテンを開けると、その「光の春」の「光」がいっぱい、部屋の中に差し込んできた。

                    

 

 ベランダに出ると、光は、ビルにあたって、その壁面を輝かせている。

                    

 

 部屋に差し込んだ光で、(この間友だちにもらった)“プラスチックの雪だるま”(下の写真)が、左右に元気よく揺れ始めた。

                   

 

 雪だるまの土台の部分にソーラーパネルがついていて、太陽や照明の光を感知して、ユラユラと動くのだ。

 友だちによると、この人形は、“100均”のお店で買ったんだそうで、当然ながら、代金は、100円なり。

 100円だけあって、見場は決してステキとは言えないけれど、わずかな光でもユラユラ揺れ、強い光を受けると、必死で大きく左右に揺れる。

 その一生懸命な姿を見ていると、思わず笑みがもれてくる。

 なんとも、かわいい!

 そこで私は、この雪だるまに、“ユラちゃん”と名前を付けた。

 

 今日はちょっと曇りがちだけれど、“ユラちゃん”は少しの光を感知して、ガンバッテ揺れている。

 それを見ながら私は、ひとり微笑んでいる。

 

 


昨日は、バレンタインデイ♪

2013-02-15 14:56:36 | 日記

 昨日・2月14日は、周知のバレンタインデイ。

 でもバレンタインデイ自体は、私にはあまり関係がなく、昨日は、(池田の)姉のお誕生日を祝うために、梅田に出た。

 お誕生日のお祝いと言っても、ささやかなランチをご馳走するだけだが。

 

 昨日は、前日予約していた、32番街の“グランド白楽天”(中華料理)でのランチコースだった。

 予約していたこともあって、外が見える窓際のいい席が、取ってあった。

 

 「今日は料理を写真に撮っていくね!」

 私は、名張の食事会以来、料理を写真に撮るのが結構おもしろくなって、そう姉に言った。

 そうして撮った、最初の前菜。

                   

 

 ところが、次の料理が来たときには、食い気に気をとられて、カメラは卓上に置いたまま、写真を撮るのはスッカリ忘れてしまった。

 なので、今回の料理の写真は、これ1枚‥(笑)

 

 お喋りしながら、美味しくランチを平らげた私たちは、お腹ごなしに、ちょっとだけ阪急百貨店をブラついた。

 阪急百貨店のショーウインドーと9階の祝祭広場には、バレンタインデイらしい可愛い飾りつけが施されていた。

                 

                            (ショーウインドーの飾り付け)

 

                   

                                (9階の祝祭広場)

 

 

  その後私たちは、新阪急ホテルの喫茶室に場所をかえて、4時までお喋りを楽しんだ。

 

 

 


今年も、≪デコポン≫がやって来た!

2013-02-15 14:02:36 | 日記

 一昨日、上から3番目の姉から、待望の“熊本のデコポン”が、送られてきた。

            

 

 私は“果物大好き人間”で、梨・柿・ぶどう・桃・苺・メロンと、好きな果物をあげれば、枚挙にいとまがない。

 柑橘類ももちろん大好きで、若いころは自分のことを、“みかん中毒”と呼んでいた。

 

 ほとんどの柑橘類は好きだけれど、その中でもデコポンは、あらゆる意味で私の好みに合っている!

 まずは味だが、香り高く、(ほとんど酸味のない)スッキリした甘~い味♪

 外皮は手で容易にむくことができるし、中の実は皮ごと食べられる。

 ズボラ者の私には、これぞ、うってつけの果物なのだ。

 

 それに、これは付随的なことだが、その愛嬌のある形が、なんとも愛らしくて、私の〇〇心をくすぐるのだ。

 もし私に絵心があれば、そのひょうきんな姿をすぐにでも描きたいところだが、残念ながら、絵は大の苦手。

 そこで、ヤッパリ写真に頼るほかない。

         

 

 ステキでしょ!? 大きなデコちゃんを頭にのっけた、愛嬌のある、この姿‥。

 

 

 昨日まで外出が続いていたので、今日になって初めて1個いただいた。

 1袋を口に放り込むと、途端に、香り高く甘ずっぱい味が口イッパイに広がって、私は一人満足の笑みを浮かべたのでありました。

 

 M姉ちゃん、どうもありがとうございました♪

 

 

 

 

 

 


名張での食事会

2013-02-12 17:36:59 | 日記

 昨日は、若い頃一緒に勤めた女性6人での、恒例の食事会だった。

 (昨日は1人が体調不良のため欠席だったので、参加者は5人だったが‥。)

 

 この食事会は、幹事を持ち回りで、年2回行っている。

 昨日は名張在住のNさんが幹事だったので、名張のフランス料理のレストランでの食事会となった。

 

 Nさん以外の5人は、大阪近辺と奈良に住んでいる。

 昨日は、鶴橋から近鉄電車・大阪線に乗って、4人一緒に名張まで行った。

 鶴橋から名張までの所要時間は、1時間6分。

 1時間と言えばかなりの時間だが、電車の中でも喋りまくっていた私たちには、その時間がアッという間に過ぎたような気がした。

 

 名張駅には、Nさんが車で迎えに来てくださっていて、私たちは、その車で、レストランまで連れて行ってもらった。

 レストランは、外観も部屋の中も、とっても洒落ていてステキだった。

 (それなのに、写真に撮るのを忘れてしまった。それに、レストランの名前を確かめるのも忘れてしまった。)

 

 予約してあった、2階の個室へ。

 次々と出てくる美味しい料理をいただきながら、お喋りの方も、途切れることなく続く!

 私は、食べながら喋りながら、昨日はお料理の写真もバッチリ撮った。

 

まず、前菜の2品。

       

 

 

 続いて、スープ。

                 

 

 

 メインディッシュの、魚料理と肉料理。

          

 

 

 最後はデザート‥それも、2品。

 写真には撮らなかったが、最後のスイーツには、もちろんコーヒーが付いていた。

         

 

 バッチリ2時間、私たちは、食べ続け、喋り続けた。

 

 

 Nさんは、食事が終わると、お家に招待してくださった。

 Nさん宅には離れがあり、そこは、お茶室として使えるようになっている。

             

 

 

 部屋に入ると、立派なお雛さんが飾られていた。

 床の間の掛け軸も、上品ですてきだった。

          

 

 

 私たちは、雛飾りが飾られた部屋の次の間に陣取って、お茶を戴きながら、又々お喋りに花を咲かせた。

 その間、Nさんのご主人と娘さんご夫婦が、わざわざ挨拶に出てこられ、ご主人は、記念にと写真まで撮ってくださった。

 私たちは5時を過ぎてから、やっとNさん宅を後にした。

 帰りもNさんは、車で駅まで送ってくださった。

 

 今日は、お食事も美味しかったし、お喋りは盛り上がったし、本当に楽しかった。

 Nさん、ホントにありがとう!

 

 

                 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 話は変わるが、部屋に取り込んだハイビスカスが又2つ花を開き、シクラメンの花数もぐっと増えた。

 夏からずっと咲き続けてくれているハイビスカス。 そして、夏の暑さを乗り越え、花をたくさん付けてくれたシクラメン。

 他人から見れば、なんてことないかもしれないけれど、私には、そんな花たちが愛しく思えてならない。

 そこで、又々写真を撮るハメになってしまった。

          

 

 

 

 

 

 

 

 


大阪城の梅

2013-02-10 19:42:22 | 日記

 今日は2月10日。

 例年でもこの時期の梅は、まだ3分咲きくらいだろう。

 今年は厳しい寒さのため、梅の開花が大幅に遅れているらしいので、大阪城の梅も、良くて、チラホラ咲きくらいじゃないかしら?

 今日が、梅見にはまだ早過ぎることは、分かっていた。

 でも今日は、気温も昨日までより少し上がっているし、何よりもお天気がいい。

 こんな日に家にじっとしていると、どんどん気分が塞いでくる。

 それに、咲いた花が少ない方が、むしろ梅の花の1輪1輪をじっくり見ることができるのではないかしら?

 そう思って、私は大阪城公園の梅林に出掛けた。

 

 JR「大阪城公園駅」を降りると、公園の木々の上には、スッキリ晴れた青空が広がっていた。

 お城のお堀も、明るい色の水を湛え、遠くで水鳥が気持ち良さそうに泳いでいる。

     

 

 

 梅林に入ると、予想どおり、花を開いている木は、ごく僅か。

 梅林全体が、黒っぽい無彩色に覆われている感じだった。

 でも近づいていくと、中には少しずつ花を開き始めている木があった。

               

                    

 

 

 全体から言うとほんの一部だけれど、割とたくさん花を付けている木もある。

               

                      

 

 

 大阪城が望めるところまで来たが、今年は、お城の前景の梅は、まだ蕾だった。

            

 

 

 梅の中には、地面に向かって枝を伸ばしているものもあり、その枝の下で、水仙が咲いていた。

      

 

 

 白梅は、青空をバックにして、より輝いているように見えた。

          

 

                     

 

 

 梅園を巡る小路から遠い処に、ピンクの可愛らしい花を付けた梅があったが、ちょっと距離があって、アップにしたらブレてしまった。

                 

 

 

 老木の梅は、まだ全く花を付けていなかったが、その枝が、却ってたくましく感じられて、心惹かれた。

                   

 

 

 梅園の一角に、紅梅と白梅が重なって咲いている処が1ヶ所あった。

 (その写真を最後に載せて、今日の大阪城公園の梅の写真は終わりにします。)

             

 

 

 梅園からの帰り、「ホテルニューオータニ」に寄って、食事をした。

 今日は、道頓堀に本店のある「今井」で。 (定食が無かったので、にゅう麺と天麩羅にした。)

              

 

 

 食べているうちに、帰ってから夕食を作るのが面倒くさくなり、「今井」のお弁当を買って帰った。

       

 

 

 

 

 

 

 

                

 

 

 

 

 

 

              


ぶり返した寒さ

2013-02-08 13:04:56 | 日記

 節分・立春のころ大阪は、ちょっと気持ちが悪いくらいの暖かさだった。

 このまま春がくるのかな‥と期待したりもしたが、やっぱり、そうは問屋が卸さなかった。

 一昨日から昨日とだんだん気温が下がり、今日は一番底の気温(最高気温4℃)になると、昨夜の天気予報が言っていた。

 

 今朝、お布団の中からテレビを見ていたら、うっすら雪化粧した大阪市街地の風景が映し出されて、ビックリした。

 これは、お布団の中でノンビリ構えている場合じゃない!

 私は慌てて身支度をして、公園に出掛けた。

 

 時間は8時前くらい。

 雲の合間から、もうお日様が顔を覗かせている。

 せっかく積もった雪も、だいぶ溶けてしまっているんやろな‥。

 私は自分の不覚を悔やんだ。

 

 公園に行く途中のお家の、小さな花壇や鉢植えの葉っぱや土の上には、申し訳程度に雪が残っていた。

          

 

 

 マンションの前や路上に置かれた車も、うっすらと雪を被っていた。

                   

 

 右の車には、雪と一緒にマンションの影が映っているのが、ちょっと面白かった。

 

 

 公園に、着いた。

 公園のケヤキ並木は、まだ薄暗い。

 それとは対照的に、この間発見した橙(?)の実が、朝の光を受けて輝いていた。

         

 

 

 雪は、樹の根元や切り株の回りには、わりと残っている。

            

 

 薄い雪の間からは、多分チューリップだと思われる芽が、しっかり顔を出していた。

                 

 

 

 公園から小学校まで、ちょっと足を伸ばしてみた。

 授業が始まる前の校庭では、寒さの中子どもたちが、半ズボン姿で元気に遊んでいた。

             

 

 

          ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 公園から帰ると、急に寒さが身にしみてきた。

 そうだ!この間Kさんから戴いたラーメンを作って食べよう!

            

 

 北海道からご自分がお取り寄せされてるものを、美味しいからと、送ってくださっていたのだ。

 ラーメン4皿分。

 お醤油とお味噌のスープと調味油がそれぞれ2袋ずつ、それにメンマが4袋入っていた。

 今日は、よりあったまりそうだったので、味噌ラーメンを作ることにした。

 作ると言っても、温めたスープの中にゆでた麺を入れ、その上に、ゆで卵やハムやネギを添えただけだったけれど。

               

 

 写真には、湯気が写らないのが、残念!

 とっても温かくて、おいしかった!!

 Kさん、どうもありがとうございました♪

 

 

 

 


100歳の詩人・柴田トヨさんご逝去の報

2013-02-05 20:13:37 | 日記

 今日美容院で見た週刊誌で、≪100歳の詩人・柴田トヨさん≫が、1月20日に、101歳で亡くなられていたことを、初めて知った。

             

 

 90歳になってから、詩を書き始められた柴田さん。

 その彼女が98歳の時初めて出された詩集・『くじけないで』は、ミリオンセラーとなって、多くの人に感銘と勇気を与えた。

                      

 

 昨年の夏高島屋で、その柴田トヨさんの『くじけないで展』が開かれ、私も行ってきた。(8月6日のブログに既述)

 (そのとき私は、上の詩集『くじけないで』を買ってきて、一気に読んだ。)

 平易な言葉で綴られた彼女の詩だが、その平易さの中で、人生の機微に触れ、人生の奥深い真実に迫られている、と思った。

 

 その彼女が、もう15日も前に亡くなられていたとは!

 

 でも彼女は、十分に、見事に、生き切られた!のだと思う。

 彼女の葬儀のときに会葬者に配られたという、彼女の“最後の詩”を読めば、その事は更に明らかだ。

 

 次に、その詩を掲載させていただいて、彼女の見事な生き様と死に様に、賛辞を贈りたいと思う。

 そして私も、自分の死に際して、彼女のような心境に、少しでも(100分の1でも)近づけたらいいなあ…と思っている。

  (多分、無理やろけど‥)

 

             * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

       皆様に         柴田トヨ

 

      お迎えが 何回か来たけれど

      口実を作って お断りしてきたの

      でも私も101歳 次は無理かもしれない

 

      私のお葬式 たくさんの人が

      来てくれるかしら

      その時は悲しまないで

 

       トヨさん がんばったね

 

       って 声をかけてください

      その声を励みに

      天国でも しっかりと暮らしてゆきます

 

      皆様のご多幸を

      日差しとなり  そよ風になって

       応援します

      今まで ありがとうございました

      倅夫婦をよろしくお願いします

 


ラマダホテルのバイキング

2013-02-04 19:15:48 | 日記

 今日は、中津公園で知り合った太極拳仲間5人(1人男性、あとは女性)で、ラマダホテルのバイキングを食べに行った。

 ラマダホテル(旧東洋ホテル)は、地下鉄中津のすぐ傍にあり、私のマンションからも、皆さんのお宅からも近い。

 なので、集まるのには、至極都合がいい。

 

 11時半に、ホテルのロビーに集合。

 ホテルのケーキ&パン売り場には、バレンタインデーを前にして、色とりどりのケーキやチョコレートが並べられていた。

             

 

 

 今回のバイキングはエスニック料理ということで、レストラン入り口には、色鮮やかな傘が2本立てられていた。

               

 

 

 次は、私が最初に取ってきた料理。

                  

 

 右側のお皿が、ご飯にタイカレーをちょっと掛けたものだが、このタイカレー、めちゃめちゃ辛くて、私は具の茄子だけを拾い上げるようにして食べて、

後は残してしまった。

 一番おいしかったのは、丸くてちっちゃなコロッケだった。

 私たちは2回ぐらい料理を取りに行き、後はお決まりのデザートとコーヒーで〆た。

 と言っても、お喋りの方はとどまるところを知らず、結局、ウエイトレスさんに「時間ですから…」と促されるまで続いた。

 11時半から3時まで。

 お互いによく喋るなあと言いながら、次は又別のところで食事をしようと約束して、散会した。

 

 因みに、今日のバイキングの代金は‥900円でした!

 安っ!!

 


節分

2013-02-03 16:33:41 | 日記

 今日が節分、明日が立春だ!

 「節分」「立春」ということばには、春の兆しを感じさせる響きがあって、聞いただけで、なんだか心がウキウキしてくる。

 そして、節分の日の今日の大阪は、いかにも「春近し」という感じの、好天気になった。

 

 私は、今年の節分には、節分の行事をおこなっている神社かどこかに出掛けたいと、思っていた。

 でも今日になって、体調イマイチで、出掛けることは取り止めた。

 そこでせめて、近くのお寿司屋さんで、巻寿司でも買ってくることにした。

 

 お寿司屋さんに行く途中に、「カンテ・グランテ」というお店がある。

 そのお店の前は、いつも鉢植えが置かれていてキレイなのだが、このところはさすがに冬の寒さで、彩りが消え寂しくなっていた。

 でも今日その前を通ってみると、大分色彩が戻っていた。

              

 

 

 上を見上げると、(この間、公園で見たのと同じような)固い蕾をつけた桜の枝が、広がっていた。

                

 

 

 お寿司屋さんに着いた。

 独り者の私には、巻寿司は1本で十分なんだけれど、なぜか2本も買ってしまった。

 (私には、何でも余分に買う、悪い癖がある。)

 その上、お寿司屋さんの近くにある和菓子屋さんで、きれいな色取りのお菓子を見つけて、4つも買ってしまった。

 帰ってきて、巻寿司を切って(私は丸かじりはしないので‥)お皿に並べた。

                

                    (こんなにたくさん、食べられるのかしら?)

 

  序でに、色取りのきれいな和菓子もお皿に載せて、写真に撮った。

        

          (お寿司もだが、この生菓子の方が、よけい、今日中に食べるのが難しそうやな‥)

 

 

 あっ、そうそう!

 書き忘れるところだったけど、昨日友だちのNさんから、節分の絵手紙をもらった。

            

             

 素朴で気の良さそうな鬼の表情に、なにかホンワカして幸せな気分になった。

 Nさん、どうも、ありがとうございました♪

 

 

 

 

           

             


ゴッホと家族をつないだ絵‥「花咲くアーモンドの枝」

2013-02-02 17:06:05 | 日記

 フィンセント・ファン・ゴッホが、死ぬ半年前に描いた絵、「花咲くアーモンドの枝」             

              

 

 この絵を、私は知ってはいた。

 でも、ゴッホにしてはエライ優しい感じの絵やなあ‥と思ったくらいで、そんなに関心を持たないまま過ごしてきた。

 

 

 今年1月6日の(「日曜美術館」の中の)「世界美術館紀行」を見て、この絵が、ゴッホとその家族をつなぐ愛に満ちた絵だったことを初めて知った。

 

 ゴッホは、彼が命がけで取り組んだ絵画の世界でも、結局、世間から認められないまま、最後は心を病み、精神病院で自ら命を絶った。

 わずか、37歳の生涯だった。

 彼が10年の画家生活の中で描いた絵は、1600点以上。 

 その中で、彼の生前に売れた絵は、たったの一枚だった。

 彼の思い入れの強い激しい気性も災いして、彼は世間からも親からも疎まれた。

 そんなゴッホを理解し、その才能を信じて、心から応援したのは、ただ一人‥弟のテオだった。

               

              (ゴッホの唯一の理解者、弟のテオ・ファン・ゴッホ)

 

  ゴッホとテオとの間で交わされた手紙は、「ゴッホの手紙」として出版され、よく知られている。(私は未だに読んでいないけど‥)

 

 テオは、長年心を交わしてきたヨハンナという女性と結婚する。

 ヨハンナもテオと同じく、ゴッホの良き理解者だった。

                

                        (ヨハンナとテオ)

 

  そのヨハンナからゴッホに、ある日うれしい便りが届く。

 それは、自分たち夫婦に子どもが生まれることを知らせる便りだった。

 そしてその便りの中で彼女は、生まれる子は男の子に違いないから、その時はその子に、「フィンセント」(ゴッホの名前)と名付けると言うのだった。

 愛する弟夫婦に子供ができることを知ったゴッホの喜びは、計り知れないほど大きかった。

 彼は手紙の中で、「ブラボー!」と叫び、弟夫婦を祝福した。

 と同時に、彼は、生まれてきた子どもの寝室に飾るようにと、心を込めて絵を描いた。

 そうして出来上がった絵が、「花咲くアーモンドの枝」だったのだ。

                  

 

 この時期のゴッホの絵は、うねるような激しい筆致のものが多い。

 それに比べて、この絵はむしろ、きれいさ・優しさを感じさせる。

 それはこの絵が、愛する弟夫婦と生まれてくる子どもへの、ゴッホの深い愛情から生まれたからだと思う。

 

 しかし、この絵を描いて半年後に、ゴッホは自ら命を絶ってしまう。

 弟夫婦に生まれたのは、予想どおり男の子だった。

 子供は予定どおり「フィンセント」と名付けられ、子どもの寝室には、「花咲くアーモンドの枝」が掛けられた。

 

 しかし悲しいことに、弟テオが、ゴッホの死後半年後に、病気で帰らぬ人になってしまったのだ。

                

                 (仲良く並んで葬られている、フィンセントとテオ)

 

 夫を失って悲しみに暮れるヨハンナだったが、でも悲しみに暮れているだけではなかった。

 ヨハンナは、夫があれだけ愛し、自らも尊敬していたゴッホのことを、そのまま埋もれさせるのは耐え難かった。

 夫とゴッホの間で交わされた手紙を読み返し、ゴッホの生き様に共感した彼女は、書簡集を刊行すると共に、ゴッホの展覧会を開いた。

 それによって、ゴッホの再評価への道が、拓かれたのだった。

 

 ヨハンナの死後、後を受け継いだのが、テオ&ヨハンナ夫婦の子ども、(ゴッホと同じ名前を与えられた)2代目フィンセント・ファン・ゴッホだった。

 彼は、長い時間を掛けてゴッホの作品を整理し、ゴッホの死後83年目に、やっと「ファン・ゴッホ美術館」を建設した。

 

 「ファン・ゴッホ美術館」の現在の館長は、ゴッホから数えて4代目の、(やはり)フィンセント・ファン・ゴッホ氏。

                 

 

 彼は、「花咲くアーモンドの枝」の絵は、ゴッホ家にとって、特別な絵だと言われる。

                      

             (「花咲くアーモンドの枝」を感慨深げにながめられる、4代目フィンセント・ファン・ゴッホ氏)

 

 

 私は今回のテレビ番組で、「花咲くアーモンドの枝」の絵が描かれた由来を、初めて知った。

 そして、ゴッホの絵が、弟夫婦とその子孫によって世に問い直され、新たな評価を受けるようになったことを知って、本当にうれしかった。

 同時に、「フィンセント・ファン・ゴッホ」の名が今でも受け継がれていることは、私にとって、大きな驚きであり、喜びでもあった。