先週の日曜美術館は、アメリカの画家・「アンドリュー・ワイエス」の特集だった。
ワイエスは、アメリカの市井の人々の姿を写実的に描き、アメリカの国民的画家と呼ばれているのだそうだ。
彼の父親は著名な挿絵画家で、ワイエスもその血を受け継いだのか、幼い時から絵を描き、優れた才能を発揮した。
彼が二十歳の時に描いた漁夫の姿・「ロブスターマン」
しかしワイエスが28歳のとき、父は不慮の事故で亡くなり、彼は悲しみに暮れるが、父の死を経て、彼の画風も一変する。
父の死の直後に描かれた、「冬」
ワイエスの眼は、次第に、彼の周囲で懸命に生活している移民や黒人の姿へと向けられるようになる。 (そんな作品を2点)
ワイエスは思っていた。「様々な移民や人種によってつくられたアメリカでは、人は皆平等でなければならない」と。
ドイツ系移民の「カーナー夫妻の肖像」
当時白人世界と隔離された<リトル・アフリカ>で暮らしを立てていた「アダム・ジョンソン」の肖像
私が今回心動かされたのは、そんなワイエスが描いた、下の絵・「クリスティーナの世界」の中の<クリスティーナの手>だ。
クリスティーナはワイエスの妻の友人で、ワイエスに自宅(下の絵の上部に描かれている家)の部屋を、アトリエとして提供して
くれた人だ。
しかし彼女自身は足が不自由で、歩くことができなかった。
ある時ワイエスは、用事で出掛けたクリスティーナが、地面を這って自宅に向かう姿を目撃する。
その姿に感動した彼は、彼女の姿を絵に描く。 (細部のデッサンを何度も繰り返したのち)
そして、描かれた絵の中で、ひときわ異彩を放っているのが、彼女の<手>だ。
彼女のきゃしゃな身体・腕に比べて、その<手>のなんと大きくたくましいことか!
その<手>は、ワイエスに与えたと同じように、私にも強い衝撃に似た感動を与えた。
私の心を動かしたもう一つの手は、同じ日曜美術館のアートシーンで紹介された、<宮崎進>氏が創り出された<手>だ。
宮崎氏については前にもブログに載せさせていただいたが、彼は長いシベリア抑留の歳月を生き抜き、抑留中も帰国されて
からも、シベリアで命を失った仲間たちの姿を、敬意を込めて描き続けてこられた。
そして自身はパーキンソン病を患いながら、創作を続けられている。 (現在95歳、下は88歳の宮崎氏)
彼は言われる。「手は、人間が生きることの象徴だ」と。
そして、「やっぱり人間ほどすばらしいものはない」とも。
そんな宮崎氏が創り出された<手>。
それは、完全に私を打ちのめした。もちろん深い感動をもって。
<付記>
「日曜美術館」繋がりで、昨日の「日美・アートシーン」で、先月オープンした「富山県美術館」の開館記念展覧会に出展され
ている作品の中に私の好きなものがあったので、次に載せさせていただきます。
クレー 「子どもと伯母」
ルノワール 「クロード・ルノワール(息子)の肖像」
ルドン 「眼をとじて」 スーティン 「心を病む女」