ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

異例ずくめの能『竹生島』

2008-04-25 01:48:34 | 能楽
ちょっと劇団の話題から離れまして。。今日は師家の月例公演で、観世能楽堂に出勤してきました。曲目は能『竹生島』、狂言『盆山』、能『千手 鄙曲之舞』。ぬえは能2番とも地謡に出演しました。でも『竹生島』は珍しく副地頭という重い役を頂いたのでした。研究は積んでいたので緊張はしませんで、まあまあ思った通りの声も出せたのではないかと思います。

それにしても。。『竹生島』という能は、お稽古の順序でも割と初心のうちに稽古する曲だし、人口に膾炙していると思うのに、能の中でも異例ずくめの曲だなあ。。と改めて思った ぬえでした。

まず、準備が大変。(^◇^;) 「小宮」「船」「一畳台」と3つの作物が出されるので、いつもより少し早めに楽屋入りして準備を始めます。去年 ぬえが勤めた『一角仙人』ほどではないけれども、やはり作物を作る時間の方が上演時間より長いんじゃないか? と思わせるほど準備に時間が掛かり、その割に曲はあっさりと終わる、という能です。応仁の乱以降に流行った風流能というか、一種のスペクタクルが売り物の能なので、見た目の仕掛けの派手さがまた、曲の身上でもありましょう。

しかしこの能、一筋縄じゃいかない異例ずくしの能なのです。たとえばこの曲、脇能であるのに前シテは「真之一声」ではなく常の「一声」で登場する。登場した場面のシテの謡が脇能としての体裁を備えていないので、脇能の前シテの専用の登場音楽である「真之一声」を演奏することができないのです。もっとも「翁附」の場合は「真之一声」にしますが、その時は体裁の整った『白鬚』の謡を借用してきて、それを謡うのです。これもほかにも類例があるとはいえ、やはり異例です。

前場全体としても脇能の体裁とはかけ離れていて、クリ・サシ・クセの一連の小段が整えられていない、どころかクセの中で中入になるという。さらに前ツレは小宮の作物の中、前シテは幕の中、と、二人の登場人物がそれぞれ別の場所に中入するのもあまり他に例がないのではなかろうか。そして、前ツレは作物の中で扮装を替えて天女となります。。つまりシテとツレ、それぞれが別々の場所で着替えているのです。これはほかに例はないでしょう。大変なのは後見で、担当を分担して2箇所で同時に着替えをしているのです。

まだある。前シテが「来序」で中入りするのに、代わって登場した間狂言は「末社の神」などではなく竹生島明神の社人という現実の人間というのも変わっていますし、そのうえこの間狂言は脇能らしく神や神社そのものの来歴をうやうやしく語るのではありませんで、客人たるワキに神宝を見せ、「岩飛び」を実演して見せるのです。今日拝見した限りでは神宝とは「蔵の鍵」「数珠」そして「二股の竹」というもので、その他愛もない宝物が微笑を誘います。う~ん、どうも脇能に出演している、という感覚がだんだん薄れてきますね。

まだまだあります。後場の冒頭には囃子方によって「出端」が演奏されますが、このとき「作物から登場する役のために演奏する出端では、冒頭に笛方はヒシギを吹かない」という原則があるのに、この曲ではヒシギを吹きます。「ヒシギ」とは、とくに登場音楽の最初に笛によって演奏される「ヒーーーー、ヤーーーアーーー、ヒーーーー!」という耳に突き刺さる譜のことで、これは楽屋に登場音楽の演奏が始まったことを知ラセるための譜なのです。ですから囃子方にとって目の前に置かれた作物の中から現れる役に対しては「知ラセ」は吹かないのです。ところが『竹生島』ではそのヒシギを吹きます。。この理由は説明が難しいですが、要するにこの曲には「待謡」がない。。つまりやはり体裁が整えられていない曲であるために、笛方はここでヒシギを吹かないと、ちょっと全体のバランスに齟齬が生じるからなのでしょうね。やっぱり異例ずくめだ。

この日、じつは ぬえは仕舞『桜川クセ』を舞うお役も頂いておりましたが。。これがまた。。手前味噌ではありますが、近来になく手応えを感じた仕舞になりました。上手く舞えた、と自分では思っています。『桜川』はこれまた仕舞の曲としては初心者が習うような位置づけにはなっていますが、今日のために仕舞といえども何度か舞ってみて研究していると意外な発見もありました。何というか。。この仕舞は、舞っていてだんだん悲しくなってきますね。春のうららの狂女能なので、あまり深刻さは感じられない小品なのかな、なんて ぬえも漠然と思っていましたが、そんな事はない。桜の花の散る中、その華々しいシチュエーションの中で、彼女は泣いているのねえ。。それが分かると、俄然 この仕舞の魅力が見えてくる。舞台のある一点に桜の大樹を想像して、それを中心に組み上げられている舞なのだ、という発見もありましたし、そんなこんなで、くたびれたけれど、ぬえにとっては充実した舞台でした。

ところが。。帰宅のために もう10時過ぎの時刻に乗った地下鉄大江戸線の車内で、暴力を見てしまいました。

ぬえは車両のまん中あたりで立っていたのですが、イキナリ怒声が車内に響き渡ってびっくり。見ると車両の端っこの「優先席」のあたりで、ジャージ姿で立っていたパンチパーマの中年の男性が、優先席に座っている誰かを怒鳴りつけています。遠かったので ぬえにはよく見えなかったけれど。。だいぶ何度も身を乗り出して怒鳴りつけているようでした。。ところが! この男性、いきなり相手を蹴りつけたのです。びっくりしてよく見ると、優先席に座っている相手は女性らしい。もう泣いてしまっている。。これはいけない、と思って、ぬえは車内ではドア2箇所離れていたけれど、ダッシュで止めに入りました。あ~ん仕舞袴も入ってる今日の鞄はかさばるっていうのに~。

女性を座席から引っ張り出してドアのあたりにかくまって、聞けば男性はこの女性は妻だ、と言う。女性は泣きながら違うと言う。う~んいずれにせよ込み入った事情のある関係者同士であるようですが、やっぱり暴力は暴力なので、女性に意向を聞いて、やはり次の停車駅で女性を降ろして駅員さんに報告することにしました。ちょっとその間にも男性と、そのまた仲間らしい老年の男性からも ぬえに悶着は降りかかってきたけれども。。これは乗客の方が遮ってくださいました。さんきゅ。

駅に着いてもこの騒動で列車は停車してしまい、若い女性のお客さんが呼んでくれてようやく駅員さんが到着したところで被害・加害者ともようやく駅員室に移動、ぬえもお付き合いする事になって。。やがて警察官も到着。ぬえは事情を説明して。。つまるところ内縁関係のいざこざだったようで、警察官のお説教を受けて落着するようで、ぬえはそこで解放されました。DVの一種でしょうが、いずれにしても暴力は許されちゃいけないです。

なんだかなあ。。いろんな事があった一日でした。