ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

「現代能・狂言面 作家展」@早稲田大学演劇博物館(続)

2008-04-17 02:39:13 | 能楽
え~、昨日は時間が許さずに表題の展覧会は見られませんで、「演劇講座」だけを見てきたので、仕方なく今日もういっぺん早稲田大学まで出向いて演劇博物館で催された展覧会を拝見してきました。

う~ん、よく存じている作家の方の作品もあれば、お名前だけ存じている方も、そして不勉強ながら これまでまったく知らない作家の方の面もありました。そしてまた展示された作品も、さすがに上手だな。。と感心する面もあり、この方にしては今回はあまり上作でもないものが出品されているようだけど。。?と思うこともあり、はたまた、どうもこれは。。と考え込んでしまう面もあり。さらに言えば、「あれ?あの人は展覧会への出品を頼まれなかったのかしらん?」と思う人もあり。

面白いことですが、昨日の講座の講師はいずれも能面製作に関する著書もあり、能楽界でも広く名の知られた方ばかりでしたが、お三方とも能面を打つのは誰か師匠について学んだわけではなく、独学で自らの技法を構築されたばかりでした。江戸期に世襲制だった能面打ちの世界が現代ではこのように様変わりしてきたのです。独学で面打ちを学んだ方は、誰にも知られずに ひっそりと技法の研究をし、孤高に製作を続けておられる方も多いと思われますが、独学であっても能楽師に認められて、立派に舞台で使われる面を打つようになる場合もあるわけです。

ぬえも、あるところで無名の面打ちが打たれた素晴らしい面を発見したことがあります。その方は、惜しいことにすでに故人でしたが、ご遺族と相談して、その面を譲り受けることができました。この面は ぬえの師匠からもお誉めの言葉を頂き、また舞台で実際に使った際にはご遺族の方をご招待申し上げました。また、おかしな話かも知れませんが、デパートの骨董市で素晴らしい面を手に入れた事もあります。これは焼印もありましたがやっぱり無名の方の作品で、格安で手に入れる事ができたのはありがたい事でしたが、いまだに作者の事はまったくわかりません。

このように優れた面を打つ事は、絵心とたゆまぬ研究心があれば決して不可能ではないことになります。舞台に使われるかどうかは、能楽師との出会いがあるかどうか、という事に尽きるのかもしれません。能面打ち・能面作家というのはプロとアマチュアの境がない世界なのです。ぬえにも、ぬえ専用にいつも面を打って下さる方があります。もうかれこれ15年以上のお付き合いになりますか。。ぬえもとっても信頼していて、もう何度も舞台でこの方の面を使っていますが、でもこの方は「自分はあくまでもアマチュア」というスタンスを絶対に崩さないですね。名前も公にしてほしくないようです。。

しかしプロとアマチュアの境がないからこそ、どうもおかしな事も起こります。昨日の講座の際に受講者に配られた岩崎久人さんの文章「面打ちのひとりごと」(『新・能楽ジャーナル』32号に掲載)はそのあたりの事情を伝えていて興味深い記事でした。「近頃は能面教室も日本全国に無数に出来、自称能面師も何百人と居る。関東だけでも百人近く居ると聞いている。(略)今日の繁栄が果たして良い事か疑問に感じているのは私だけではないだろう。」「免許や資格も必要としない面打の世界、使い物にもならない面を、外国の美術館や神社、寺、演者に寄贈しその事を売り物に面打と言い放つ者、「能マスク」とか「能面」その「お面」を貰い、有り難がる者…。」

たしかに最近では面打の方の中には「~~流宗家」を名乗る方もあるそうですし、能楽関係の雑誌や新聞に、なんとも不思議な見出しで自作の能面の説明をした展覧会の宣伝も見かける事がありますし。。演者からは離れた部分での事なので、それをもって善し悪しを ぬえが言う資格はありませんが、ぬえたちが大切に思っている事とは、ちょっと違う考え方もあるんだなあ、と思ったりします。

あくまで趣味として能面を打たれる方(こういう方は ぬえも大勢知っています)が増えるのは大変結構な事だと思います。でも、昨日の講座でもやはり言及されていましたが、こういう方の中には能を見たことがなくて打っておられる方もあるそうで、それはちょっと寂しい。そして、能面を打つ事を学ぶ場所が増えたことも結構な事ですが、舞台とはまったく関係なく能面を打つ事だけで完結してしまうのもまた、なんだか寂しいと思います。

話は変わりますが、昨日の講座では小林保治先生が「丹波篠山の能楽資料館にある慈雲院作の『弱法師』の面を高津紘一さんが写した面が素晴らしくて忘れられない」とおっしゃっておられました。でも、今日見たところでは展覧会には高津さんの『弱法師』は出品されていませんでした。ぬえはてっきり、小林先生は展示されている面の事をおっしゃったのかと思ったのですが。。小林先生は記憶でおっしゃっておられたのかも知れませんが、なんと。。ぬえ、高津さんが打った、その慈雲院の写しの「弱法師」を所持しているんです。



これがその「弱法師」で、もうかれこれ10年以上前、ぬえが『弱法師』を勤めた時に、やはり慈雲院の「弱法師」に惹かれて、高津さんに打って頂いたものです。「弱法師」は使うのが難しい面が多くて。。『弱法師』は専用の面を使うので、たった1日しか公演しない能のこと。ただ1日我慢して、師匠家にある面の中から拝借すれば良かったのですが。。そこはやっぱり演者で、どうしても慈雲院の「弱法師」が使いたくて、とうとう写しを作ってしまいました。でも、やっぱり作って頂いて良かったと思っています。やはり『弱法師』にはこういう表情の面が一番映るでしょう。この面は ぬえの宝物。(トップ画像はそのときの『弱法師』の舞台)