上演時間の話題につきまして、いろいろなコメントを頂きました。改めまして御礼申し上げます。
今日は平日の夜に行われる能の公演について。たしかに平日の夜の能の公演は開演時刻が早い傾向があります。これは能楽師がそれぞれのお弟子さんにチケットを買って頂いて、それが公演を支えている実情があるのが最も大きい原因なのです。東京の場合、能楽師はそれぞれ関東一円に出向いてお稽古されていると思いますが、そういった地方のお弟子さんが東京に出て来られて観能される場合、終演時刻が遅くなると帰宅できなくなってしまう。。また最近はお弟子さんも高齢化してきていて、東京の近郊にお住まいのお弟子さんであっても、終演が遅い時刻になるのは嫌われる傾向がありますね。一方、やはり若いお客さまに能楽堂に足を運んで頂かなければ能の将来は悲劇的なものになるでしょう。そしてそのような若い方にとっては能の公演の開演時刻はいかにも早すぎるのです。お勤めが終わっても開演時刻には到底間に合わない…
学生時代から能の世界に飛び込んだ ぬえは、まだお弟子さんもいない内弟子時代に舞台にお役を頂くと、それを見に来てくれるのは もっぱら学生時代の友人たちでした。この友人たちの言葉が ぬえには忘れられないです。「5時や5時30分に開演するなんて…勤め人に“来るな”と言っているみたいだ」
しかしいま現在、現実に能を支えてくださっているお客さまは…謡や舞のお稽古を趣味にしておられるお弟子さんがどうしても中心なのであって、このようなお客さまの便利を優先に考えて公演を組み立てなければならない実情も、これまた仕方のないところです。がしかし、それだけでは能の新たな観客層を生み出すことは未来永劫に不可能なのですよね。ある種のジレンマが能楽界を覆っているようにも思います。
要するに開演時刻については、ターゲットとなるお客さまに合わせて いろいろなパターンの公演を設定すればよいのでしょうが…でも現実的には開演時刻を遅く設定して能1番・狂言1番のコンパクトな公演を催すにしても、上演曲目を少なくすることは、それが能楽の家単位の定期公演であれば門下の能楽師が公平にシテを舞えるかどうか、という政治的な事情に影響が出てきたり。。
そしてまた、平日の夜に短い上演時間で能の公演を催すにしても、いますぐに若いお客さまが劇的に増えるとはとても考えにくいです。。入場料の問題、演者の知名度の問題、能への馴染みの少なさをどう克服するのか。。
役者の知名度という点では、能面を掛けて素顔をさらさない能楽師は現代では圧倒的に不利でしょう。これは如何ともしがたい。。その意味では現代の歌舞伎役者と能楽師は比べるべくもない。。歌舞伎役者のようにテレビドラマに出演したり、現代劇に登場したり、という事も、能楽は演技があまりに独自性が強くて、現代劇にそのまま溶け込むこともできないですし。
結局、能は能としてその独自性を売り出してゆくより方法はないわけで、能に親しみを持って頂くためには「能楽講座」をいろいろな場所で開いてゆく、という地道な方法を採るのが最も適当な方法なのかもしれません。なんだか能楽師は能の普及という同じ場所を何度も何度も行ったり来たりしているような気もするけれど。。
それでも、さて若いお客さまに「能楽講座」などを通じて能に親しんで頂いて、能楽堂に足を運んで頂くようになったとして、そのお客さまに足繁く能をご覧になって頂くためには、やはり高い入場料はまたネックになりますでしょう。そこで ぬえ、ちょっと計算してみました。もしも気軽にご覧になれる能の公演を企画するとして、能1番、狂言1番という短時間で、3,000円程度の入場料に抑えることができるのか。。結論から言えば、そのためには400~500人のお客さまを集めなければ収支は成り立たないようです。このキャパシティは。。能楽堂の定員と同じだ。。結局 能楽堂を会場とすることになって、小劇場のような会場での公演は本式の能を上演するのは難しいようです。能楽界のシステム的な問題も、そろそろ検討する必要があるのかもしれません。目的が能楽の普及の公演では役者の出演料を抑えられるようにするとか、そのような公演には役者に能面・能装束を安価で貸し出す仕組みを作るとか。。簡単な道のりではないでしょうが、いろいろ考える時期が来ているような気がします。