劇団の公演を見て考えたことなど。。続きです。
他のパフォーミングアートとか芸術分野とのコラボレーション、という事について、やや前回は脱線気味だったかなあ、と反省して。。能楽界全体が もしも現代劇とのコラボレーションに傾いていったら。。これまた確実に能の舞台のクオリティは低くなるでしょう。内弟子修行がいまだに健在な能楽界で、周囲とほとんど隔絶されながら能だけを見据えて修行する経験を経てきた能楽師であるのに、それでも近来は舞台の質の低下がささやかれたりもする。。基礎身体技術も発声法も能とは違うジャンルと共演することが、能にとって幸せな発展に繋がるとは、またどうも信じがたい事でしょう。
やはり能は能としての舞台を基本に置いておかなければならないのは自明ですね。当たり前か、こりゃ。
とすれば、やはり現代の能の公演を、劇団の公演を見に来るような観客、とくに若い人にどのようにアピールするか、という問題に集約されると思います。前回の ぬえの発言「能という殻だけに閉じこもっていては破滅につながる」というのは、あきらかに暴論でした。。ぬえの脱線の原因は、劇団の公演の隆盛を見て、つい「能も演劇の一つのジャンル」と思ったことが始まりで、その考え方自体は間違いではないと思いますが、その後「能は演劇」と能楽師が考えるべきかどうか、という方向に話題が行ってしまったのが敗因でしたね。
そうではなくて「能も演劇の一つ」とは、演者ではなく現代劇のお芝居をご覧になるお客さまに感じて頂くべきことでしょう。劇団のお芝居を見に行くのと同じ感覚で能楽堂に足を運んで頂く。。能を認知して頂けるような方法を考えるのが、いま能楽師に課せられた使命でしょう。他ジャンルとのコラボレーションやらは、伝統的な能の舞台を勤めるほかに、余力があれば試みる、というスタンスでなければ、能は現代劇に吸収合併されてしまうでしょうし、能楽師の魂を売り渡す行為になってしまうと思う。
で、この「一般のお客さまに能を知って頂く」という命題なんですが、じつはこれは能楽師はみ~んな、ずう~~っと試行錯誤しながら続けていることなんですよね~。大都市は言うに及ばず、能楽堂がなくふだん能の公演を見る機会が少ない地方都市でも、チャンスを見つけて能楽師はいろんな場所で「能楽講座」を催しています。ところがその講座は盛況でも、必ずしも能楽堂に足を運ぶ方、わけても各家の定例会の集客が思うように伸びていないという現状も、あちこちから聞こえてきます。このままでは観客席はだんだんと高年齢化をたどってゆく、という危惧の声も。。これはどうした事なのでしょう。
。。で、今回の劇団の公演を拝見して(やっと話題が戻ってきた。。)、あらゆる面で、能の公演とは違うなあ、と思うことがたくさんありました。前に書いた安価な入場料のこと、座席にあらかじめ置かれた30枚以上のほかの劇団のチラシ。。そしてそのチラシのデザイン。まあ、このブログで今回は意見した劇団の公演のレポートをするつもりだったのですが、気がついてみればまだ開演のレポートにさえたどり着かないうちから考えさせられる事ばかり。
そのうえ山猫軒さんや悠さんからもお意見を頂き、ぬえも気がつかなかった相違点も発見することができました。とくに印象に残ったのは。。やはり上演時間について、ですかね~。。
これについては ぬえも自分なりに考えるところもあって。次回は能の公演の「時間」についてちょっと考えてみたいと思います(ああ。。また劇団レポートが遠い彼方に。。)
他のパフォーミングアートとか芸術分野とのコラボレーション、という事について、やや前回は脱線気味だったかなあ、と反省して。。能楽界全体が もしも現代劇とのコラボレーションに傾いていったら。。これまた確実に能の舞台のクオリティは低くなるでしょう。内弟子修行がいまだに健在な能楽界で、周囲とほとんど隔絶されながら能だけを見据えて修行する経験を経てきた能楽師であるのに、それでも近来は舞台の質の低下がささやかれたりもする。。基礎身体技術も発声法も能とは違うジャンルと共演することが、能にとって幸せな発展に繋がるとは、またどうも信じがたい事でしょう。
やはり能は能としての舞台を基本に置いておかなければならないのは自明ですね。当たり前か、こりゃ。
とすれば、やはり現代の能の公演を、劇団の公演を見に来るような観客、とくに若い人にどのようにアピールするか、という問題に集約されると思います。前回の ぬえの発言「能という殻だけに閉じこもっていては破滅につながる」というのは、あきらかに暴論でした。。ぬえの脱線の原因は、劇団の公演の隆盛を見て、つい「能も演劇の一つのジャンル」と思ったことが始まりで、その考え方自体は間違いではないと思いますが、その後「能は演劇」と能楽師が考えるべきかどうか、という方向に話題が行ってしまったのが敗因でしたね。
そうではなくて「能も演劇の一つ」とは、演者ではなく現代劇のお芝居をご覧になるお客さまに感じて頂くべきことでしょう。劇団のお芝居を見に行くのと同じ感覚で能楽堂に足を運んで頂く。。能を認知して頂けるような方法を考えるのが、いま能楽師に課せられた使命でしょう。他ジャンルとのコラボレーションやらは、伝統的な能の舞台を勤めるほかに、余力があれば試みる、というスタンスでなければ、能は現代劇に吸収合併されてしまうでしょうし、能楽師の魂を売り渡す行為になってしまうと思う。
で、この「一般のお客さまに能を知って頂く」という命題なんですが、じつはこれは能楽師はみ~んな、ずう~~っと試行錯誤しながら続けていることなんですよね~。大都市は言うに及ばず、能楽堂がなくふだん能の公演を見る機会が少ない地方都市でも、チャンスを見つけて能楽師はいろんな場所で「能楽講座」を催しています。ところがその講座は盛況でも、必ずしも能楽堂に足を運ぶ方、わけても各家の定例会の集客が思うように伸びていないという現状も、あちこちから聞こえてきます。このままでは観客席はだんだんと高年齢化をたどってゆく、という危惧の声も。。これはどうした事なのでしょう。
。。で、今回の劇団の公演を拝見して(やっと話題が戻ってきた。。)、あらゆる面で、能の公演とは違うなあ、と思うことがたくさんありました。前に書いた安価な入場料のこと、座席にあらかじめ置かれた30枚以上のほかの劇団のチラシ。。そしてそのチラシのデザイン。まあ、このブログで今回は意見した劇団の公演のレポートをするつもりだったのですが、気がついてみればまだ開演のレポートにさえたどり着かないうちから考えさせられる事ばかり。
そのうえ山猫軒さんや悠さんからもお意見を頂き、ぬえも気がつかなかった相違点も発見することができました。とくに印象に残ったのは。。やはり上演時間について、ですかね~。。
これについては ぬえも自分なりに考えるところもあって。次回は能の公演の「時間」についてちょっと考えてみたいと思います(ああ。。また劇団レポートが遠い彼方に。。)