ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

『自然居士』~「劇能」のおもしろさ(その13)

2010-07-07 01:47:10 | 能楽
下懸リ宝生流のおワキでは、物着が済んで立ち上がったシテに対して、なお皮肉の言葉を投げつけます。

ワキ「居士は舞舞うたることはなき由仰せ候へども。一段と烏帽子が似合ひて候。

これに対してシテはちょっと弱気。本心を言うようでは…

シテ「よくよく物を案ずるに。終にはこの者を賜はらんずれども。たゞ返せば損なり。居士を色々になぶつて恥を与へうと候な。余りにそれはつれなう候。

ワキはその言葉も聞き流して、ついにシテはワキの言うがままに芸を見せることになります。

ワキ「何のつれなう候べき。
シテ「志賀辛崎の一つ松。
地謡「つれなき人の。心かな。


これにてシテは破掛り中之舞を舞います。形付けには中之舞三段としか記載はありませんが、もとより いやいや舞う心ですから、どこまでも略式に舞うのが本義でしょう。ぬえが拝見した『自然居士』でも、ずいぶん舞を略式に演じられた例をいくつも見ました。

ぬえの小鼓の師匠、故・穂高光晴師から頂いた手付けを見ますと、初段ヲロシに不思議な省略の譜が記載されています。これは面白い。じつは今日が師家の稽古能の日で、ぬえも初めてお囃子方とご一緒に『自然居士』を演じてみる機会でした。そこで、お囃子方と相談のうえ、この譜にて演じてみることにしました。…案の定、みなさん首を傾げて、こんなのあるんですか…聞いたことがないな~、というお返事。しかも試みにこの譜でお願いしてみたところ、やはり、というか、もう一つしっくり来ない出来ではありました。まあ、相談して、直ちに試みに演奏して頂くのでは致し方ないところでしょう。

稽古会が終わって、これは無理ですかねえ? とお囃子方に聞いてみたところ、それでも 申合でもう一回やってみましょう、と言って頂けました。またお囃子方からの情報では、かつて『東岸居士』の中之舞で、やはり初段ヲロシを略した経験がある、とのこと。曲こそ違え、『東岸居士』は『自然居士』の姉妹曲とも言える曲ですから、先例はちゃんとある訳です。

そうしたらその夜、今日お相手願った笛方よりお電話を頂き、父君に伺ってみたところ、その、省略された譜は、たしかにお流儀に存在する、とのこと。ああ、これで故実の裏付けも取れました。これから申合を経て この不思議な譜がこなれてくれば、齟齬なく上演することができるでしょう。

ところでこの中之舞ですが、省略があるほかに、かなり変わった舞い方をします。

それは『自然居士』に限ったことではなくて、『東岸居士』や『安宅』にも同じ例があるのですが、つまり、シテは右手の扇のほかに、左手には数珠を持ったまま舞う、ということなのです。

意外に思われるかもしれませんが、『自然居士』や『安宅』のように、両手に物を持っているというのはシテとしてはかなり異例なのです。いえ、『井筒』でも前シテは扇のほかに水桶や木の葉を持って出ますし、『海士』でも鎌と和布を持って出るのですが、登場していくばくもなく どちらかの手に持った小道具を後見に渡すなり捨てるなりして、扇だけを持つようになります。

ところが『自然居士』や『安宅』は、扇と数珠を持って出ますが、どちらも宗教者としては必携の道具。そうした訳で、これらの曲ではほとんど徹頭徹尾、両手に扇と数珠を持ったまま舞うのです。これまた稽古でコツをつかむまでは結構手順がわからず大変でした。