ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

気仙沼・石巻支援公演、行って参りました(その5=陸前階上・地福寺)<承前>

2012-02-27 01:33:13 | 能楽の心と癒しプロジェクト
急遽Tさんと相談して、居囃子『江口』…厳密には謡と笛だけですから「独謡一管」という演式にならしいですが、これをお手向けさせて頂く事と致しました。ご住職に津波が波路上地区に到達した時刻に合わせて法要かなにかをなさるのか伺ってみたところ、それより少し前の時刻にお経を上げられるほかは特に予定はない、とのこと。それでは、というので津波の到達時刻に合わせて『江口』をお手向けさせて頂きました。

30分後には装束を着けて『菊慈童』を勤める予定だというのに紋付に着替えて、さて津波が当地に到着した時刻に合わせて仏前で『江口』を…心を込めてお勤めさせて頂きましたが、やはり良い曲ですね。。美しい詞章に、このうえない微妙な節付け。法悦というものを感じます。。しかも地福寺は臨済宗のお寺でした。『江口』に現れる普賢菩薩は釈迦如来の脇侍。まさに似合った場面での謡となりました。公演をご覧になりに少しずつお客さまもお見えになり。。あ、忙しく立ち働いておられたご住職さまもいつのまにか目をおつむりになってお聴きになっていらっしゃいます。

さて仏前に一礼して急いで公演準備。事前に装束には仕掛けを施しておいたので、ほぼ定刻通りに開演することができました。

今回も例によって『菊慈童』の上演、Tさんによるお笛の説明と体験、そしてこの間に装束を片づけた ぬえが再登場して扇や装束の説明と体験。。いや、ここではかなり盛り上がりましたね~。ご質問も次々に寄せられ、装束の着付け体験では記念撮影にご住職も満面の笑みで加わられ。。予定時刻を大幅にオーバーしてようやく終了しました。










さてさてこの日じゅうに石巻に到着しなければならない予定なので、車に装束を積み込んで、さてご住職にご挨拶をしようと思ったら。。奥様方から「お茶っこしていってくださいな、さ、さ」と重ねてお誘いを受けまして、まあ断り切れずに、それでもすぐにおいとまするつもりでエンジンは掛けたままで、再び庫裏へお邪魔しました。

ところが、ご住職さまは ぬえたちのためにわざわざお寿司を買ってご用意してくださっていたのでした(!)。ええっ、マジですかっ!?(゜_゜;) しかしお寿司にとどまらず、自家製のちらしやら漬け物がわんさと廻されてきまして、これがまたとっても美味しいんだがらっ。ここでも ぬえは遠慮なしにガツガツ頂戴致しました~。話題は自然に三陸のおいしいものの話になって、ご住職のお話では今はワカメや昆布など海草類。ワカメのしゃぶしゃぶは絶品なんですって。で、もう少しすっとウニが出て、そっからアワビでしょう。。? そ、そったら高級食材ばかりこのへんの人たちは普通に食べていなさるのけ?

今回は展示物も多く、それぞれにいわくがある品ばかりで、そこに日本の伝統文化のものすごさを見いだして頂こうと思った、その ぬえの話もご住職に響いていたのだと思います。…というのも、話題が昨日の気仙沼での中学生対象のワークショップの話題になり、ぬえが 今の中学生は敵討ちといっても「曽我物語」はおろか…なんと「忠臣蔵」までわからなくなってしまっているのを知って驚いた、という話をしましたところ、ご住職も小学生に講話をすることがあって、という話になって。そのときご住職は、小学生に向かってまずこういう質問をするのですって。「この中でお釈迦様を知っている人は?」

。。すると、パラパラとほんのひと握りの児童が手を上げるんですって。これは ぬえも衝撃を受けました。「忠臣蔵」どころか「お釈迦様」さえ ほんの少しの子しか知らないとは。。ぬえは日本文化は、少なくともその深さにおいて世界一だと思いますが(断言)、日本ほど自分の国の文化を捨ててしまった国もほかにはない。この国の文化はいま、死にかかっているのですね。。

話題は気仙沼の復興の道すじについての事、ジャズの事。。いやまあ、あらゆる話題が繰り広げられました。震災1周年の日には地福寺でも大掛かりな集会が行われるそうですが、ぬえは石巻だし、こちらの集会もスケジュールが一杯。でも、ご住職とは本当に意気投合したのでこちらとは長いお付き合いができそうな予感です。

えらい長居をしてしまいました。車のエンジンは掛けっぱなしでした。。みなさん玄関でいつまでも手を振って ぬえたちを見送ってくださいました。ぬえも車の窓から手を延ばして、いつまでもいつまでも手を振って。。走り出してみるとあまりにも美しい、涙が出そうなほど美しい星空。石巻の市街地の明かりによってそれがかき消されるまで、ぬえは飽きずにずうっと夜空を眺めていました。

あ、そうそう、地福寺にお邪魔する直前に、このすぐ先にある景勝地・岩井崎に行ってきました。ここはもう何度も訪れているのですが、辰年を迎えた年始に「竜の姿に似た松の枯れ木がある」と話題になった場所でもあります。あれ~?そんな木があるとは気がつかなかったな。。と思いながら岩井崎に行ってみると、塩害で枯れた松の木のほとんどが切り倒された中で、ああ、これか! と思うほどその木は1本だけ目立って残っていました。トップ画像はその松の木。わあ、ホントにリアルに竜に見えますね~~!