やってきました!スベリヒユの季節。
今日は、畑作業の合間に今年初めての収穫、というか採集、う~ん、どっちになるのか難しい。
スベリヒユは庭でもどこでも生えている雑草ですが、雑草が生い茂っているところに繁茂している姿を見たことがなく、適当に草取りがされている庭だったり、畑だったりが自生の適地のようです。
というような具合ですから、単なる雑草ですが畑の通路に生えていたら周りの雑草を刈ったり、踏まないように気を付け、畝の上なら、他の作物は作付けしないようにしています。
ということですから、わざわざ雑草をですが、収穫というのか採集というのか、ハタと考えました。
さて、何故スベリヒユ?なのですが、雑草だから野菜より断然滋養が高いだろうと思っていることと、茎も葉もふくよかでねばねば、茹でて良し、炒めて良し、生で良しの万能選手。
今日は、刻んで醤油漬け、納豆にトッピングしたり、冷ややっこに乗っけたり、一年中大活躍です。
食糧の6~7割はスベリヒユ、などという強者もいらっしゃるようですよ。
あなたも如何ですか?
今日は、先日のイベントで、一緒な匂いがするねという感想を漏らした方があった、年齢も少し離れているし住むところも全く違う、そんな男女と何のテーマがあったわけではありませんが、一緒にランチ。
やはり、話しは盛り上がり、ついつい夕方に。
その話の一つは、お金の必要のない社会がいいよね。
102歳でカブ!
昨夜、前夜ほとんど寝てないんだから早く寝りゃいいのに、0時になってたまたまチャンネルを回したNHKBS1で、登場する皆さんの余りに素晴らしい笑顔につられて、ついつい終わるまで見てしまいました。
にっぽん ぐるり えぇトコ「山のずっと奥へ行ってみた!」という、奈良や京都の山奥のその奥で暮らす人たちを訪ねて行く番組でしたが、そこに暮らす皆さんは一様に、これぞ最高な生き方!と思える輝く顔をなさっていました。
渡辺京二が、江戸末期から明治期にかけて日本に来た外国人が、庶民の暮らしをどう感じていたかを彼らの記録から拾い集めて「逝きし世の面影」という本を出しています。
この本で紹介された外国人は、当時の田舎に住む日本人は貧しいけれどとても豊かな暮らしをしていると書いているんですが、そのこととこの番組に登場した皆さんがオーバーラップしました。
彼らの暮らし、急峻な山奥ですから不便この上ない、畑だってこんな崖のような所で畑を!ですし、林業だってものすごく急峻なところに植林しそれを守っている。
本当にびっくりしたのは、カブに乗った102歳のおじいちゃん、一人暮らしで毎晩薪で風呂を焚く。
子ども、一番上は80歳だったかな?と言いながら一人暮らし、もっと生きるかもしれんなあと。
ある夫婦は、5人の子どもの一番下が16歳の時、通学途中で谷底に落ちてなくなり、ものすごく落ち込んだものの、夫婦で住み続けて今に至る。
水道やガスはいいけど、電気は欲しい
今日来てくれた女性は、水道やガスはなくても良いから電気は欲しい、それは情報に触れていたいから。
そう来たか!でしたが、人の能力を深堀出来れば、情報も不要になるんだろうなあ、というか、日々の暮らしは必要なものが伝えられ、必要とすれば智慧が湧くのかなあ、というのが番組を見て心に止まったこと。
自分で決めてしまえば、これは絶対に必要というものはそう多くはないのかもしれないかも。
生きたいときは生き、逝きたいときには従容と逝く、すべてはケセラセラで102歳のおじいちゃんのように日々過ごしたいものだなあ。
だって、生も歓喜、死も歓喜、って言うじゃないですか。
“岩盤を穿つ”、結構印象的な書名で、奥歯を穿られながらそんな言葉を思い出していました。
昨夜は、奥歯が痛くてほぼ一晩中寝付くことができず、今までだましだまし来ていたんですが、これは歯医者に行くしかない!と予約の間に挟んでいただきました。
その治療、目をしっかり開けてと叱咤されながら、自分の舌を歯鏡で押さえさせてもらい(^^;; 歯と歯茎が穿られていくのを見つめていたんですから、そんな気にもなるってものです。
お陰で、歯の痛みはほぼ雲散霧消状態になりましたが、今日の書道のお稽古日は参加取りやめ。
ただ、先日の東京に闖入させてもらったおかげで、鳩居堂出品作品完成したそのお礼と、欠席の連絡はしたものの、それでも生きている顔を見てもらおうと会場を覗きました。
行ってみると、いつもの会場に誰一人姿がない???フロントで聞くと7階、3方すごい眺望!
実は、わざわざ行ったのにはもう一つ理由があって、先日読んでいた本で「読書百遍義おのずからあらわれる」という言葉に出会ったからで、これって、書道そのものじゃないか!と思ったから。
書道のお稽古会場では、「お稽古はお湯を沸かすがごとく」という言葉で盛り上がったので、この言葉は飲み込みましたが、お湯は冷たくならないうちに火にかけるとすぐに沸く、つまるところは似ているかなあ。
この本では、使っている身体性ってごくごく僅か、膨大な可能性が秘められているとありましたが、歯医者で舌の使い方を指導されたことも一緒で、たかが舌だってこんな使い方、動かし方があるんだ!って。
きっと、道のつく日本の伝統技能やスポーツなども一緒なんでしょうね。
理解できなくても、思うように身体が動かなくても、愚直に求め続けていると“おのずからあらわれる”ものなんじゃないかと、自らを慰めています。
まあ、それほど筆は、それを動かす手は、それを動かす脳は自分の思うようには動いてくれません。
知人のFBにアオテの写真が掲載されていたので、地物のお魚を置いている本庄の魚屋さんに。
でも、なかったんですよね、二日続けて行ったんですけどね。
ところが、ジャジャジャ~~ン!今夜の食卓に乗っているではありませんか(*^^*)
がっかりした様子で話していたんでしょうね、家族が買ってきたというのです。
よくあったものだと感動、口に入るのはいつからぶりだろう?
元気が良すぎて、どのカニも茹でている時に足が取れた負傷兵、でも味には変わりありません。
卵もたっぷり、濃厚な味、カニ類の中では一番好きなのがこのアオテ。
若い時にはよく中海に取りに行ったものですが、、、
このカニで思い出すのがブー・バッポン・カリー、知人が経営していた代々木のタイレストランで、行くと必ず注文したワタリガニのカレー、王室シェフだった方がシェフでしたから、味は保証付き。
本当に美味しかった!というか、絶品でした。
いくらでもご飯が食べられるという感じ、あ~~、また食べたいなあ。
残ったラッキョウなので小さくて面倒だけど、自然栽培ではあるしこれが美味しいんだよね。
今日午前中は、ラッキョウのそうじ、根っこと頭を取って水洗いし、薄皮を剥けば粗方の作業は終了。
ネットで調べてみると、いろんなやり方があるようですが、一日粗塩に漬けてから漬けようと思います。
お酢も砂糖もちょっとこだわり、お酢は本醸造の米酢、砂糖はキビ糖をマーケットで購入しました。
化学薬品で作られた調味料は、できるだけ使いたくないですものね。
せめて調味料はというところかな?
転ばぬ先の杖
食生活に食品添加物や農薬、化学肥料によって作られた食べ物を当たり前に摂るようになってから?国民の二人に一人以上は癌になり、子どもの生活習慣病も当たり前、アトピーや発達障がいはごく普通。
この因果関係にはエビデンスはありませんが、これだけの添加物、化学物質をあれもこれも摂ったらというエビデンスを取るってある意味至難なこと。
ただ、農薬や添加物の基準がとても緩やかな我が国と言われているので、民族を使った壮大な実験中と言えるかもしれませんが、一体だれが得をするんでしょうね。
ごくごく当たり前のことですが、ついつい忘れがちになる身体は食べ物からできているということ。
転ばぬ先の杖、自分で準備できる賢さを持ちたいものです。