「大家さん。そんなに苦労しなくても、私どもに売ってください。
ご希望の3000万は直ちにお渡しします。後の担保解除は全て私の方で処理をします。
名義変更は処理後で結構です。」
渉外部長に云われた時は、一瞬彼は耳を疑いました。
今迄いかにして店子である此の宗教法人を追い出そうとしか考えて居なかったからです。
此の店子はもう20年近く入居しております。
他に担保として4行に入っており、担保設定の方が早いですが、仮に売却しても、店子は
簡単に立ち退きはしないだろうと、どの銀行もあえて担保権は実行して居ません。
山手線の中、地下鉄駅の直ぐ近くに此のビルは有りました。
40坪の小さな土地に鉄筋4階建てのビルです。築40年です。エレベーターが有るだけまだ増しでしょう。
彼はその4階に73歳のやもめ暮らし。最近病院で前立腺癌の恐れが有るとも言われ、更に検査も必要ですが放って居ます。
地下は居酒屋に20万、1階から3階はある宗教団体に全部で35万で貸して居ます。
4行の担保は、遅延金まで入れると億以上ですが、元金だけですと全部で4000万です。
4行いずれも20年前に不良債権になって居り、これを家賃で返済して居ります。
担保権の実行が無いのは、動かない宗教法人が居る為と、此の支払いも1因になって
居るでしょう。
彼はもう此のビルには未練が有りません。
妻と、知的機能の娘と3人暮らしだったですが、妻亡き後、区の世話で娘は他県の施設に
入れました。生涯其処に居る事が出来ます。
しかし自分も年を取り、もう働けずに居ると無性に娘の事が思い出されます。
「施設の近くに家を借りてそこで二人で過ごそう。」
何時の間にか之が自分に残された義務の様な気がします。
3000万有れば年金や補助金とあわせ、経済的には心配は有りません。
「此のビルを売って3000万を手にして田舎で娘と暮らそう。」
不動産屋の見積もりは大体6000万から7000万です。
金利や遅延損害金が無ければ借金も全部返せて3000万手に出来そうです。
彼はビルを売りに出しました。抵当権の解除を条件にして居ます。
一方抵当権者には元金だけで後は免除の御願いをする事にしました。
問題は保証協会です。
元金が2000万、之に遅延損害金が3500万です。
保証協会が承諾すれば2位以下は当然承諾するでしょう。
簡単に承諾すると思った保証協会が承諾をしません。
「遅延金を全部下さいと云いません。せめて半分の1700万は下さい。」
保証協会は、「本来ならば全部もらえるが、それでも損害金を1700万にすれば、
各行も気持ちだけの損害金で承知し、6000万で円満に担保は解除できるではないか」
と云うのが保証協会の思惑です。
彼が娘と暮す費用など考えてもくれません。
7000万で売れても1000万しか残りません。
実際に売れた時に話し合えばと渋る保証協会を何回も口説いて漸く元金と
遅延損害金は800万まで、下がって来ました。
しかし、今度は不動産屋から泣きが入ったのです。
「ビルの入居者が直ちに空になれば、6500万から7000万でも売れる物件ですが、
今の入居者は立ち退かないでしょう。買う人は居ません。
どうしてもと、 居抜きで売るならば4000万か4500万が手一杯です。」
之では自分が掴む何処どころでなく、借金すら綺麗になりません。
どうしても宗教法人に立ち退いてもらわないと成りません。
自分は3000万掴む予定を1000万に下げよう。それでも何とか成るだろう。
宗教法人に立ち退きを話そう。
万一NOだったら今月から銀行返済を全部止めよう。家賃の差押が入るまでは3-4ヶ月
有るだろう。差押が有ったら、その時点で全部そのままにして娘のところに逃げよう。
悲壮な決意で宗教法人にか掛合いに来たのです。
宗教法人としてもうまい話でした。
一寸手狭になって居ました。
担保の件は、信者の中には債権問題に詳しい人も居ます。
恐らく殆ど元金で、担保解除は出来るでしょう。
場合によっては競売にさせて自分が落としてもよいでしょう。
「こんな結果になるなら、最初から店子に話せばよかったな。
宗教法人だからと、みんなが勝手な憶測をしたのが悪かった。」
彼は間もなくビルから姿を見なくなりました。
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