アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

野生馬を増やすことが必要

2009年02月18日 | Weblog
   世襲議員と日本の政治

 先進7か国財務相・中央銀行総裁会議後、前代未聞の記者会見を行った中川昭一財務・金融相…昨夕(2月17日)に辞任してしまいましたが…

 中川昭一大臣の父親、中川一郎さんも議員さんでした。中川一郎さんは、福田赳夫内閣で農林大臣(現農林水産大臣)、鈴木善幸内閣では科学技術庁長官でした。と、言うことは、福田康夫前首相、麻生太郎首相とは、親子二代にわたっての親しい間柄(鈴木善幸さんの娘さんが、麻生太郎夫人)。中川一郎さんは、渡辺美智雄さん、石原慎太郎さんらと「青嵐会」を結成しました。そのあと、自由革新同友会(早い話が中川派)を立ち上げました。
 よく知られたエピソードとして、自民党総裁選(鈴木善幸さんの後継)に立っにあたり田中角栄さんに相談した。「池の鯉は跳ねちゃ駄目か」といったら、角栄さんに、「跳ねたはいいが、戻れなければ日干しだ」と言われたというのがある。もう一つ、国会の敷地内での立ち小便を写真週刊誌に載せられた。

 中川昭一大臣は、酔っぱらって、自分の当選ダルマに上手に目を入れることが出来なかったこともあったとか。作り話ではなさそう。昨年11月末にもやらかしている。スペイン国王夫妻を迎えての宮中晩餐会(天皇皇后両陛下主催)で、酔って大声を…。会見で、「お酒が入っていましたから、大声を出したかも…出しました。酔っているという自覚はあったんですが」 「場所が場所だけに…失態をしてしまいました。お酒が悪い。本当にお酒が悪い」と…酒に責任転嫁。酒は、何も悪くない。悪いのは、酒に飲まれてしまう人です。
 26カ所の読み違い、渦中を「うずちゅう」と読んだは、大したことないです。誰にでも、間違い勘違いはある。中川昭一ヘロヘロ会見の関係で、もっとも問題にしなければならないのは、17日の夕刻の辞任の会見で、「寝に病院へ行く」と発言したことです。このような発言こそ、やっつけてやらなければならないのです。病院は寝るところですか?ホテルじゃないんだから!健康保険を使って寝るんですか!それって、我々の税金でしょ!どうして「ヘロヘロ会見辞職大臣の睡眠の為の病院代金」を、私らが払わなければならないんだ!

 ついつい興奮して、多くの紙面を使ってしまいました。私が今日書きたかったのは中川元大臣批判ではなく、「世襲議員ってどうなんだろう?」と、いうことだったのです。日頃から考えていた所へ、形容しがたい会見事件。そのため枕に使わせていただいたわけです。枕が大きくなってしまいました。

 実力が見える世界では、世襲(二世・三世・孫・娘婿)は、極端に少ないです。しかし、実力がなくてもやっていける政治家と芸能人は、世襲が大手を振ってフランスデモをしています。芸能人の世襲は無視してもいいです。私の暮らしに何の影響もないから。しかし、政治家の世襲はどうですか!暮らしと密接な関係がある。世襲議員は、「地盤、看板、鞄」をそっくり受け継ぐから、簡単便利に政治家ですよ。基礎的学力、や一般常識に不安があっても、酒が入ると人格が変わっても、十分やっていける。

 世襲議員の顔ぶれを見てください…
麻生太郎、小沢一郎、志位和夫、小泉純一郎、森喜朗、福田康夫、安倍晋三、鳩山由紀夫、鳩山邦夫、石破茂、加藤紘一、河野洋平、河野太郎、高村正彦、甘利明、笹川堯、塩崎恭久、石原伸晃、塩谷立、羽田孜、伊吹文明、浜田靖一、渡海紀三朗、中曽根弘文、島村宜伸、中川秀直、山本一太、平沼赳夫、中山泰秀、額賀福志郎、細田博之、保利耕輔、北側一雄、町村信孝、江田五月、大出彰、船田元、渡辺喜美、野田聖子、西岡武夫、西村眞悟、岸信夫、鈴木俊一、竹下亘、田中直紀、田中真紀子、世耕弘成、寺田稔、石原宏高、伊藤公介、伊藤信太郎、内海英男、宇野治、奥野信亮、松浪健四郎、松浪健太、小渕優子…
 とても書ききれません。自民党は、世襲議員が国会議員の過半数。全閣僚の3分の2です。次期総選挙で自民が大きく後退することになっても、世襲議員は大丈夫。「地盤、看板、鞄」がありますから。自民党議員の絶対数は減っても、世襲議員率は高くなる。世襲議員の弊害は、すでに明らかになっています。
何とかしなければなりません。
政治家の子(孫)にも、「職業選択の自由(憲法第22条)」があるので、政治家になる自由は認めなければなりません。ですから、「世襲禁止」とはなりません。
 ではどうやって、世襲議員を減らす?地盤・看板・鞄をとってしまえば良いのです。
 1 (親、祖父母と)同一選挙区からの立候補禁止…地盤・看板の剥奪
 2 資金管理団体の世襲禁止…鞄の剥奪
 上記のようにすれば良い。与野党に、世襲議員を減ら差なければならないという雰囲気はある。肝心の野党内に、「法の下での平等(憲法第14条)」も守らなければという意見がある。結局、与野党関係なく、我が子を政治家にしたいってことでしょうか?

 世襲議員の皆さんは、血統書付きのサラブレッドです。「国民のため」を連発してくださいます。しかし、雑種の国民の痛みを分かる人この中におられますか?「政権をとる」「とられてたまるか」これしかない。そうやってズルズル時間を使っている間も、国民は生きていかなければならないのです。もっとも、そういう方を選んだのが国民…。オバマさんの「チェンジ」の意味、「良血サラブレッド(ブッシュ:世襲)から、野生馬(オバマ)へのチェンジ?」

犬も歩けばポシンタン

2009年02月17日 | Weblog
  食文化の違い…認めましょう

 「犬も歩けば棒に当たる」…歩いていた犬が、立てかけてあった棒に触れて、倒れてきた棒に当たる…そういう意味ではないですね。「行動には、リスクを伴う」という意味。「犬も歩けば棒に当たる」の反対のことわざは、「果報は寝て待て」。「コツコツ努力をしていれば、いいことがあるかもよ」ということ。

 「犬も歩けば食べられる」
 しばらく笑わせていただきました。エッセーのタイトル。著者は、牛坊貞夫という人。「犬」の本の著者が「牛坊」、これもなかなか。

 「犬も歩けば食べられる」…中国…犬を見かけることが少ないです。野良犬大国、「タイ」の対極にあります。中国に犬が少ない理由は、もちろん食べられてしまうから。桂林の近くの田舎では(桂林に限らないのでしょうが、私が見たのは桂林)、市場に犬が並べられていました。買った人が自転車の荷台に犬を縛り付けていました。野良犬が中国で生きていくのは大変なようです。

 平壌の観光ガイドブックには、「朝鮮甘肉店」が出ています。甘肉は、犬肉のこと。ただ、「北朝鮮には、もう犬がいないのではないか」という見方もあります。国民が餓死しそうな状況ですから、犬を見つけようものなら奪い合いでしょう。その前に、犬のエサがあるなら、人が食べてしまうでしょうがね。

 「ポシンタン(補身湯、犬鍋)」に代表されるように、韓国でも、犬はよく食べられています。犬料理は、滋養強壮、精力増強、美容に良いのだそうです。ホントカヨ?と思います。特に黒犬がいいのだそうで…。毛の色が、肉の栄養と関係があるのかなあ?

 あと、台湾ですが、犬肉を「香肉」と呼んでいました。今は、動物保護法で、販売自体が禁止されています。ヤコペッティ監督の「世界残酷物語」で、犬屋さんが出ていました。檻に入った犬を物色し、食べたい犬を選んで料理してもらって食べる…。あのシーンの舞台は、台湾でした。古すぎたかな…。
 犬食文化は、世界各地にありますが、特に、中国や朝鮮半島、日本を含めた東アジアに色濃いものだと思います。

 記録によると、日本でも犬を食べていました。現在の食犬にかかわる法的な規制は、せいぜい「動物の愛護及び管理に関する法律」ぐらいでしょう。
○ 何人も動物を合理的な理由なく殺し、又は残忍に殺し、又は他人に嫌悪感を与える方法で殺してはならない。(第6条第1項)
○ 何人も動物に対して合理的な理由なく苦痛を与え、又は傷害を負わせてはならない。(第6条第2項)
 この法律において愛護動物とは…「牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる」
 このように、「犬を食べてはならない」という条項はありません。日本は、毎年30トン前後の犬肉を輸入しています。東京、大阪など大都市にある専門レストランで食べることが出来ます。

 日本人の場合、「犬を食べる」…気持ち悪ーい!という人の方が多いでしょうが、そうじゃない国もあるということです。猫も…中国の料理で、じゃこう猫の料理は、最高のものです。テーブルに、猫の頭も飾られます。冗談抜き、本当の話です。
 今でも、「生の魚(サシミ)を食べる日本人、気持ち悪い」という外国人がいて多少驚きます。「サシミ」は世界に誇る健康食だと思っていましたが…。「鯨を食べる」ことを、気味悪がる外国人は大変多いです。私が、インタビューした外国人の100%が、「オマエ正気か?」という顔で首を横に振っていました。食に限らず、他国の文化について、ああだこうだ言うのは、「目クソ、鼻クソを笑う」です。

 犬肉ですが、知らされずに食べると何の肉か分からない。旨かったかって?タレをつければ、牛も豚も犬も猫も、皆同じ。
 中国には、犬の毛の色で「旨さのランキング」があります。「赤犬→黒犬→模様がついた犬→白犬」の順だそうでーす。

 「犬も歩けば…」から派生した、新しいことわざ…「犬も歩くとき服を着せられる」…字余り。日本の犬は…「服」は、不服でしょうが、食用にされないだけ幸せです。

ベンジャミン・バトンとフォレスト・ガンプは兄弟?

2009年02月16日 | Weblog
   時間の逆戻りは幸福か…

 奇妙な観客です。真っ暗な映画館で、メモをしながら映画を観る。まあ、せんべいを食べながら観ているわけじゃないのでお許しを。「ベンジャミン・バトン ~数奇な人生~」というタイトルの映画。原作は、F・スコット・フィッツジェラルド。アメリカの小説家で、70年前に亡くなっておられます。作品を読んだこと…ありません。お名前自体、このほど知ったわけで…。
 話の筋は…80歳代の容姿で生まれた、赤ちゃん(おじいさん?)。出産で母親は亡くなった。赤ちゃんの容姿を見て、錯乱した父親は、老人ホームの玄関に赤ちゃんを置き去りにした。ベンジャミンと名付けられた赤ちゃんはだんだん若返っていく。

 この発想!アップル社のマーク、リンゴの片隅を囓(かじ)ったアレ。別角度から見たら、普通のリンゴでしょう。「ベンジャミン・バトン ~数奇な人生~」も、人の一生の「形」を逆にした…。それだけでおもしろい。100年近くも前の、短編小説をなぜ21世紀の今頃映画化したか?「80歳代の容姿で生まれた赤ちゃんが、だんだん若返っていく」このようなことは、通常「相手にされない」話です。ところが現代は、「何でもありの時代」。ちょっとやそっとのことで、衆目を浴びることなど出来ません。ところが、「生まれてから若返る」これは、何でもありの世の中でも「あり得ない」話です。当然、「えっ!」と、10人中10人が興味を惹かれる。そんなわけで、この度映画化。パラマウント映画やワーナー・ブラザーズに問いただしたわけではなく、私の推測ですがね。

 F・スコット・フィッツジェラルドさんの小説と、映画化された「ベンジャミン・バトン」とは、おそらくテーマがかなり違うと思います。私の感想は、もちろん映画を観ての感想です。「ベンジャミン・バトン」は、「ジャズ・エイジの物語」という短編小説に収録されているのだそうですが、それを読んだ方は、「オマエの感想は見当違い」と、おっしゃられるかと思いますが。

 「この映画…フォレスト・ガンプだろう!」と、思いました!
 フォレスト・ガンプは・・・舞い降りた羽をガンプが絵本に挟み、居合わせた人に話し始めるという形で物語が進んで行きました。
 ベンジャミン・バトンは・・・ベンジャミンの娘が、病床のデイジー(ベンジャミンの妻)に、ベンジャミンの日記を読んで聞かせる形で話が進みます。
 フォレスト・ガンプの「羽」と、ベンジャミン・バトンの「ハチドリ」が符合する所があります。明らかに意図的です。
 ベンジャミンは・・・一時船乗りになり、船長に可愛がられました。その船は、第二次世界大戦で船ごと敵の潜水艦に乗り上げます。ベンジャミンは生還。
 フォレスト・ガンプは・・・ベトナム戦争へ行きました。そのとき救助したダン中尉の船でエビ漁をして大成功。激しい嵐からも生還。「船、戦争、生還」…。
 フォレスト・ガンプは・・・卓球大会の賞金で会社を立ち上げた。
 ベンジャミンは・・・父親のボタン会社を相続した。どちらも金を手にしています。
 フォレスト・ガンプは、私のなかで印象的な映画の一つなので、旧友に会った心持ちでした。「ベンジャミン・バトン」と、「フォレスト・ガンプ」は、同じ脚本家(エリック・ロス)なのだそうで…やはり、是非主張したいものって同じなのですね。

 「80歳代の容姿で生まれた赤ちゃん(ベンジャミン)を、父親のトーマス・バトンが、老人ホームの玄関に捨てた」これって、どうですか?醜い赤ん坊は捨てる。マアマアの容姿なら育てるの?このあたりがサラリと流されておりました…。捨てた場所が老人ホームの玄関。赤ちゃんが老人だから、老人ホーム?
 トーマスは、同じ町の老人ホームで暮らすベンジャミンの成長を見守っておりました。少しは、人の心を持っていたようで。飲みに誘ったりもしました。最終的に、父親であることを告げ、財産をベンジャミンへ譲った。これが薄っぺらい。捨てた段階で、父親は不明のままのほうがテーマを浮き立たせた。父親を再三登場させたことにより、「老→時の経過と共に→若返り」のテーマが薄まった。

 物語の幕開けに、「大時計」が使われた。全盲の時計職人、ミスター・ガトーが作った。
 その時計、針が左回り、つまり時間をさかのぼるもの。ミスター・ガトーは、戦争で息子を失った。息子を戦争へ送り出した事への後悔を胸に作り上げた時計。「戦争へ旅立つ息子を引き止める事が出来たら、時間さえ戻れば戦争で死んでいった若者達の命を救う事が出来るかもしれない」
 日常の生活でも、「失敗した!時間を戻せないか!」ということ、誰しもが経験している。
 そして、最後の映像シーン…大時計は、デジタル時計に変わっていた。物置に放置されていた大時計は、生きていた。針は、相変わらず逆に進んでいた。ハリケーンによる浸水で、大時計は流されていった。そこで、エンド。
 ミスター・ガトーの逆に進む大時計、いい役目をしていました。ミスター・ガトーを全盲の時計職人としなければならなかった理由が、今ひとつ理解できていませんが。

 160分という映画。満員の観客は、ずーっと息をひそめていました。唯一隣の席のオヤジが時折、「ズ、ズー」と、ストローでコーラを飲みました。クラッシュアイスが溶け、少し水分が溜まったら、「ズ、ズー」。オヤジには、困ったものです。

 ベンジャミンは、デイジーと結婚したのですが…ベンジャミンは若返り、デイジーは年をとっていく…。こりゃいかんというわけで、ベンジャミンは放浪の旅へ。これもフォレスト・ガンプと同じだぁ。
 赤ちゃんになったベンジャミンは、年老いたデイジーに抱っこされて、息を引き取った。

  数奇な人生(原題:THE CURIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON)、見終わったあと、館内のあちこちから大嘆息が。

 「不老不死」は、人間にとって幸福か?フォレスト・ガンプでは、「人生はチョコレート箱、開けて見なけりゃ分からない」だった。ベンジャミン・バトンでは、「人生は分からない」。同じことを言っている。
 思い出した。「死は、生の一部」とも言っていた。伝えたかったメッセージは、これだな。おもしろかった。

ハンガリーから逃れての大発明が幻に

2009年02月15日 | Weblog
 ナンドール・ベレスさんの秘密

 日本製品については、ナンドール・ベレスさんが、マーティと同じこと(メード・イン・ジャパンが最高)を、何度も私に言ってくれました。
 ベレスさんは、ハンガリー人。私どもがマサチューセッツ州のベルモントに住んでいたときに借りていた家の大家さん。
 ハンガリー動乱(1956年)のとき、(旧)ソビエト連邦の権威と支配に立ち向かった人。考え方も行動も度胸も素晴らしい方でした。ハンガリー市民の蜂起は(旧)ソビエト軍により鎮圧され、数千人の市民が殺害されました。そして、およそ25万人が難民となり国外へ逃亡しました。ベレスさんは、難民となりアメリカへ渡ったのでした。

 夏になると週1回、芝を刈りに来てくれました。必ず、子供達にチョコレートを買ってきてくれました。「やはり日本人へは、チョコレートか!」と、「ギブ ミー チョコレート」を思い出しました。「毎度、子供へみやげ…」これって、日本人の感覚でしょう。ハンガリー人と日本人は、騎士道と武士道という精神を持っているので、大変似ています。

 芝刈りが終わると、ダイニングで一休みして帰られるのですが、水以外は、すすめても断られました。ハンガリー人の実直さ、戦前の日本男児もこうだったのだろうなあといつも思っていました。

 そのベレスさんの決まり文句が…
 30年前のメード・イン・ジャパンは、粗悪品の代名詞だったよ。ハンマーでも一度で折れてしまったり、レンチもスパナも使い物にならなかった。ところがどうだ。今(1985年)は、メード・イン・ジャパンが世界一だ。お前たち日本人は、優秀だ。ワシは、日本人に家を貸していることを誇りに思っているんだよ。
 …毎度言ってくださるセリフでしたが、リップサービスではなく、心底そう思っているということは間違いありません。

 ベレスさんは、日本車について…日本人は、工具のいらない車を作った(故障しない車の意味)」と、これまた会うたびにほめてくれました。御本人の車はフォード。しかも、パトカー。どういう意味か?アメリカという国は本当におもしろい。パトカーを払い下げるのです。ですから中古車屋に、元パトカーが並んでいます。中を見せてもらいました。ドアの内側にライフル銃を格納する箇所がありました。「パトカーはいいよ。安くて丈夫」とのこと。

 ハンガリー動乱(今のハンガリーでは、ハンガリー革命と呼ばれていますが、私の世代は「動乱」でした)のことは、あまり話してくれませんでしたが、ある日秘密を話してくれました。

 機械の技術者だったベレスさんは、アメリカへ渡っていくつかの発明をしました。しかし、所詮は亡命者。高い評価はされず、特許も安く叩かれ暮らし向きは大変でした。そんな中で、コツコツと頑張り、一大発明の試作品を完成させました。「(玉を転がす)ボーリングの機械」を発明したのです。それまでは、糸でピンを吊すスタイルのボーリング機械でしたから、画期的な発明でした。
 ところが試作品を発表する直前、この大発明の全てを奪われてしまいました。誰に?マフィアです(たぶんコステロ)。マフィアに拘束され、「死ぬか」「発明の全てを渡すか」を迫られたのです。家族もおられたベレスさんは、殺されるわけにはいかない。やむなくボーリング機械にかかわる全てをマフィアへ渡したのでした。
 ニューイングランドを牛耳っていたマフィアは、ボストン郊外に住んでいました(現在も同じ場所に住んでいると思いますが)。ベレスさんの首を絞めたマフィアが、どんな家に住んでいるのか見に行きました。自分でもあきれる野次馬でした。鉄の門扉の高さは、およそ5m。幅は、10mほど。中は、木立しか見えませんでした。門には、「高圧電流を流している。近寄るな」と書かれた看板がかけられていました。大急ぎで逃げました。おそらく、監視カメラでしっかりと、車のナンバー、車種を見られていたと思います。
 マフィアなど、別世界のはなしだと思っていましたが、御近所さんでした…。

メード・イン・ジャパン 粗悪品から高品質へ

2009年02月14日 | Weblog
  日本人はすばらしい

「デロリアン」が電気自動車となって、今月中にも公道を走るという。EVデロリアンは、一晩の充電で約50km走行できる。最高速度は時速80km超。デロリアンは、デロリアン社の車で、9,000台しか生産されなかった。
 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にタイムマシンとして登場しました。映画のタイムマシン「デロリアン」は、カリフォルニアの高校生マーティの親友の科学者ドクが発明した。復習できましたね。

 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のシリーズ第3作に、印象的なシーンがありました。1985年から1955年(30年前)にタイムトラベルしたマーティは、(1955年の)ドクにデロリアンの修理を頼む。小さな電子部品を見てドクは言った…
「メード・イン・ジャパンだ。これなら故障するわけだ」
 マーティは、即座に切り返した…
「ドク!何を言ってんだ?メード・イン・ジャパンが最高なんだよ」。
 1955年には粗悪品の代名詞だった、「メード・イン・ジャパン」は、1985年までの30年間で、最高級品になっていた。

 このくだり、日本人として誠に誇らしい。いかに私ども日本人が優秀か!SF映画はあまり好まない私が、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の全作品を観た(あまり自慢にならない)のは、このように日本製品を礼賛してくれた映画だからです。第1作で、マーティは、街で見かけたトヨタ車を「ザッツ・ハァット(hot)!」と言っていました(1985年の設定で)。和訳すると、「ヤバイ」ってところでしょうか。日本びいきなのです。

 「ドク!何を言ってんだ?メード・イン・ジャパンが最高なんだよ」。心地よい響きですねえこのフレーズ!少なくても、1985年現在、マーティはメード・イン・ジャパンをこのように評価しました。

 つい先日博報堂が発表した、「日本製品に対する各国のイメージ」は…
 高品質である・・・・・・・・・1位(ダントツ)
 活気や勢いを感じる・・・・・・2位(やられたー)
 カッコイイ、センスがいい・・・1位(2位が急追)
 価格に見合う価値がある・・・・1位(安泰ではない)
 明確な個性や特徴がある・・・・1位(安泰とはいえない))
 楽しい・・・・・・・・・・・・1位(安泰)

 この博報堂の調査、おもしろいです。負けず嫌いの日本人は、溜飲を下げる調査結果です。
 「活気や勢いを感じる」が、2位になっているのが日本人として気になります。1位はどこだったか?韓国でした。韓国は、いいものを食べていますから、脅威です。食べ物は関係ないだろうって?大ありです。「活気や勢い」なら、キムチ、焼き肉、石焼きビビンバ、ユッケ、マッコリでしょう!タクアン、寿司、お茶漬け、焼酎では負けてしまいます。
 他国の追随を許しそうなイメージもありますが、「高品質」は譲らない!しかも、2位(欧州製品)に大差をつけている。安心しました。具体的には、「デジタルカメラ、白モノ家電、大型薄型テレビ、自動車、携帯電話」です。
 各イメージで、日本を追いかけているのは、韓国製品、欧州製品、米国製品、中国製品。韓国のメーカーは、定年退職した日本人技術者をスカウトして品質向上に努めています。

 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で、言っているとおり、日本は1955年から1985年の30年間で、世界的粗悪品を世界一の高品質にしました。やっぱり日本人って凄い!今後も、全てのイメージで他国の後塵を拝することがないよう頼みたい!1985年の30年後である2015年にメード・イン・ジャパンが最高でなければ、マーティに顔向けできません。ドクも連れて、EVデロリアン・タイムマシンで、調査に来るかも。

自分の痛みが一番の関心事ですが

2009年02月13日 | Weblog
 正解は本文中にありという入試問題 いいと思います 

 詐欺、殺人、派遣切り、下方修正、赤字決算、破綻、オラア郵政民営化不賛成だったズラ…そういうの、ばかり…
 …庶民としては、それらより、湯たんぽで出来たヤケドの水ぶくれのほうが心配です。
 ヤケドの水ぶくれ、その昔は、縫い針を焼いて消毒して破いたものでした。しかし、現代では、破らないようにする。軽度のものなら、4週間ぐらいでほぼ治癒。
 シエイクスピアのファンは、ウイリアム・ハズリットは、敵でしょう。シエイクスピア批評で知られた名です。彼も、言っています。「何百万という人類の滅亡より、自分の小指のけちな痛みのほうが心配なものだ」と。社会問題より自分の痛みのほうが心配…人類が始まったときからのことでしょう。

 私立大学の入試たけなわですが、法政大入試の「国語」…漢字の書き取り問題で「余儀(よぎ)」を出題したが、問題冊子の別ページの文中に同じ漢字が記載されていた。これは、新趣向ですよ。「問題文をよく読むと、解答が隠されているよ」ということで、いいと思います。今後、全大学がこの方式を取り入れると、高校生の国語力は間違いなく上がります。必死で読むことが、合格に繋がるわけですから。

 十勝毎日新聞(帯広市)掲載の公募小説は、向田邦子作品の盗作(大半丸写し)だったそうな。新趣向ですよ。作者というか「盗作者」の釈明は、「素晴らしい文章だったので多くの人に知ってもらいたかった」と述べている。文学とは無縁な人々の役に立とうと、盗作して応募してくださった。倒錯してたのですね。それにしても、気づかなかった新聞社って一体?

 大分県のスーパーで、フグの卵巣を売っていた。死者が出なくて良かったです。新趣向です。「もったいない」の時代ですから、猛毒とはいえフグの卵巣を捨てられなかった。卵巣は、珍味です。ニシン、ボラ、スケトウダラ、サケ、トビウオ、チョウザメ、ウニ、ナマコ、ニワトリ…。ニワトリは違うだろうって?卵巣に卵管がついたもの知りませんか?卵が生まれる順番に並んでいるアレ。煮込みに入っていたり、たまには焼き鳥屋にあったり。味は、ゆで卵の黄身そのものです。

 JR西日本が、世界遺産の熊野古道の石垣をハンマーで壊した…!で、釈明は、「古道とは気づかなかった」これも新趣向か!熊野周辺は、日本書紀にも登場する自然崇拝の地。熊野古道は、国の史跡に指定されており、ユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されている。世界でもほとんど類を見ない、「道(みち)の世界遺産」です(スペインの巡礼道に世界遺産に登録されているものあり)。「気づかなかった」ってか?

 オーストラリアの山火事で、未曾有の人的被害が出ている。どうして?ユーカリの木が油を含んでいるからよく燃えるから?それは、NHKニュースの見解。全く関係ないわけではないでしょうが、ユーカリの油は無視していいでしょう。実際は、オーストラリア政府が出した、「スティ アンド ガード」でしょう。「避難せずに留まって、自分でなんとかしろ」というお達し。そのため、逃げ遅れた人が続出した。この見方で間違いないと思います。野火は、八方へ飛び火しますから、知らぬ間に囲まれているということがあるのです。消そうとすると火に囲まれ、逃げ道を失います。

 …とりあえず自分の身にふりかかってこなければ、「何も関係ない」でした。
詐欺、殺人、派遣切り…関係ない。ところが、このところ、入試問題、新聞の小説、スーパーで売っている毒、熊が歩く古い道の破壊(違うって?)、山火事の時は逃げないで自分で消せ!…どんどん身にふりかかってくる…のんびりヤケドの水ぶくれの治療しておられませんなあ。

匂いは過去を呼び覚ます

2009年02月12日 | Weblog
  ラム肉は臭くない

 雪の匂い、氷柱(つらら)の味、久しぶりでした。子供の頃、「雪には放射能が含まれているから食べないように」と、注意されましたが…よく食べました。氷柱も、アイスキャンディーみたいになめました。汚いだろうって?多少雑菌を入れた方が免疫ができていいんじゃないか?そんなことはないでしょうが。今冬、半世紀ぶりに、雪・氷柱の匂いをかぎ、味見しました。昔と同じ匂いと味。10歳の頃が鮮明に蘇りました。住んでいた家、近所の町並み、一緒に遊んだ友達…

 匂いは、過去のシーンを呼び覚ましてくれます。チャーチルのパクリだろうって?パクるつもりはなかったのですが、たまたま雪の匂いから同じことを考えたということです。チャーチルは、「匂いくらい、過去をはっきり思い出させてくれるものはない」と、ノーベル文学賞となった回顧録に書いています。

 「ニオイ」は、「臭い(悪臭)」「匂い(芳香)」という書き分けが出来ますが、どっちでも問題ないので、不統一な表記ですすめます。

 60年間、様々な匂いを嗅いできています。今の匂いに関わる課題は、「加齢臭」です。しかし、克服しました。加齢臭の発生源を清潔にしておけば大丈夫。朝シャワーが効果的ですが、時間がなければ蒸しタオルでこすっておけばよい。胸骨の所と、肩胛骨の間をゴシゴシと。
 
 「加齢臭」で、過去の一場面が思い出されます。洋服にまで染みこんでいて、24時間加齢臭発散状態という人がおりました。嗅がなくても、文字を見ただけで過去の一シーンが浮かび上がるものです。このことに気づいたので、チャーチルを超えたかもしれません。ノーベル賞に一歩近づきました。
 その人と麻雀をするとき、つらいものがありました。対面(トイメン。自分の正面の位置)でも、臭いは時折ホワ~と漂って来ました。人柄はいい方でした。人間は人柄はもちろん大事ですが、匂いも臭いも要注意。

 「ラム肉は、臭い…」と評価する人がいる。不思議です。私は、ラム肉が臭いと感じたことはありません。「ためして×ッ××」で、実験してくれました。実験の結果…
1 「ラム肉」と被験者に伝えておくと、臭いと答える。
2 「ラム肉」と知らせなければ、臭くないと答える。
 つまり、実際はラム肉は、臭くないことが立証されました。よかったよかった。「ラム肉は臭くない友の会(そんな会あるんかい)会長」としては、大いに溜飲を下げました。

 平成8年に「悪臭防止法の改正」があり、悪臭の発生源に対し、市町村が改善勧告・改善命令を行うことができるようになりました。そこで登場してきたのが、「臭気判定士」。「ウソ臭い」って?ホントホント。国家資格ですよ。 「ラム肉は臭いかどうか、臭気判定士さんお願いします」…こんな人はいませんから、個人の商売としては成立しないでしょう。気象予報士だって、メディアに登場する人は0.0001%未満。あとの人は、資格を持っているというだけ。
 臭気判定士については、この時代に業績を上げている、「空気環境に関わる会社」へ就職するのには当然有利です。五科目の筆記試験があり、合格したら、嗅覚検査。嗅覚検査料は、9,000円。
 臭気判定士試験を統括しているのは、「社団法人 におい・かおり環境協会」…この協会の名前…うさん臭いです。敢えて平仮名にして、「においとかおり」を区別しているあたりに存在感をにおわせていますが。

 「匂い」で書き始めたら、過去のシーンが次々に思い出され、収拾がつかなくなってしまいました。これからは、雪解けの匂いを嗅ぎ、新芽が出る山の匂いを嗅ぎ…過去の場面を見る。楽しみです。

貧富の差は尺度の問題

2009年02月11日 | Weblog
 社長が保母をして社員を養う…
 
 この話、日本の話か?日本人は金持ちばかりなのか?と、錯覚してしまうような雑誌記事が…。
 「平均世帯年収9,000万円。高額納税家庭の妻は、どんな人でどんな暮らしぶりか」。「婚活に勝ち抜く女性の条件」とタイトルにある。年収9,000万円?そんな奴はおらん
じゃろう?およそ日本の首相の倍であり、アメリカ大統領の3倍です。「AERA」という雑誌、どのような評価をされている雑誌なのかよく分かりませんが、間違いない数字なのでしょう…。読んでいくうちに、私の虎の子、ゆうちょ銀行の預金って一体…情けなくなりました。どんなことが書いてあったか…(金額は年収)
 600万円以上の女性は、彼がいる人が多い。
 1,000万円以上を稼ぐ女性は、80%に彼がいる。
 200万円未満では、彼なしは74%。
 800万円以上の妻が、800万円以上の夫を持つ割合は75%。
 800万円以上の妻が、1,500万円以上の夫を持つ割合は30%。
 2,000万円以上稼ぐ妻の夫は、全員が2,000万円以上。
 年金暮らしの還暦男の場合は、書かれていなかった。婚活とは無関係とみなされたようです。だけど、こういう世界があるとは…。
 「年収1,800万円以上の人は、定額給付金を遠慮してほしい…」と、聞いたとき、そんな日本人何人いるか?と思いましたが…たくさんいるようです…。

 最近、「実は我が社は、大幅黒字ですが、周囲に気遣い、言わないようにしていました」という企業が続出。マスメディアは、全企業が赤字みたいな報道ですが、実際はそうでもないようです。「給料?もちろん上げますよ。当たり前じゃないですか!」と、豪語する社長さんも。

 貧乏か金持ちかの話しになると、マーガレット・ドラブルがいいことを言っています。どこの何者かって?還暦の私より10歳ほど年長の、イギリスの作家です。日本には、2度来ています。実の姉が、A.S.バイアット。優秀な姉妹です。マーガレット・ドラブルは、ケンブリッジ大学を出て、女優になり、結婚して3人の子どもをもうけ、離婚して、再婚して…寂聴さんもびっくり。ドリブルもするし、トラブルも起こすドラブルです。(それが言いたくて引っ張ったなって?当たり)ケンブリッジ大学はドラブルに名誉文学博士号を授与しています。
 そのドラブルさん…
 「自分より金持ちの尺度で測れば、いつも貧しい」…さりげない言葉に、「尺度は可動式だよ」という重大なポイントが隠されている。誰でも分かっていることですが、あらためて言われると、「なるほど!」と、感心してしまいます。

 私は、孫正義の尺度にしていたので貧乏でしたが、この度「年金生活の尺度」に変更しました。貧乏から脱出しました。

 派遣切り、雇い止め、巨額赤字、経営破綻…。
 自動車部品の下請け工場の話…女社長と、パート従業員3人。なんと、社長さんが保育所へ勤めはじめた。工場はパート従業員が…。従業員を切らないために、社長が保母さんをして収入を得る…。インパクトがあります。
 正規の社員も切られる時代。切るのは簡単、しかしここは、保母をして従業員を守る社長を見習って、一丸とならなければ…。そのうちに、年収9,000万円の人たちの尺度に…ならないね。

旅で人情にふれる

2009年02月10日 | Weblog
   旅を「すみか」と…できたらいいな

 「晴耕雨読」の暮らし11か月目。今は、雪に埋もれ、ひっそりと暮らしている。穴ごもりの熊状態。活字の大きな本を選んで読んでいる。ジャンルもヘチマもあったもんじゃない。老眼には大きな活字が楽ちんなのです。雪が解けたらどうするか?やはり「旅」に出たいです。

 李白は、「夫れ天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客なり」と詠みました。夫人、側室合わせて4人。伝説では、62歳の時、酒に酔って水面に映る月を捉えようとして舟から落ちて亡くなった。そのような伝説を作ってもらえる人であったことが感嘆に値します。25歳を過ぎてからおよそ10年間、長江中下流域を中心に放浪しました。孟浩然との交遊もこの時期。
 芭蕉も、「月日は百代の過客…」と。「過客」とは旅人のことです。芭蕉など密かに師と仰いでおりますから、私としましては、やはり「旅」をしなければなりません。芭蕉は、隠密だったって?隠密でも、あん蜜でも何でもいい。むしろその方がおもしろい。

 旅はテンションが上がります。自分が病人だということを完全に忘れていますから。見知らぬ土地の見知らぬ人。出会いと別れが楽しい。お互いしがらみがナッシングだから。
 旅先で、人の情けに触れると感動します。最近の一番の感動は、アユタヤでの出来事です。珠玉の旅行エッセー(自分で、珠玉って言うなってが?)「還暦パパ タイを行く」にも載せました。感動部分の概略は…

 日本男児60歳。アユタヤを自転車で疾走。夕刻の列車でバンコクへ帰ろうと、駅を目指した。行けども行けども遺跡はあるが、アユタヤ駅への渡し船乗り場に着かない。
 川が見えた。「お、近いな!」と、見ると、対岸への吊り橋が。変だなあ?渡し船で来たのに、吊り橋があったのか?まあいいや、渡し船の運賃の5バーツを浮かそうという訳ではないが、橋があるなら渡ればいい。自転車を持って無事渡りきり、駅を探した。妙だ?駅前通りの喧噪らしきものが全くない。実に静か。建物の中から、授業中の先生の声が。学校かあ?
 ほどなく道が途切れて川。では別の方向へ、これまた川。もう一カ所・・・やはり川・・・。なんなんだ?焦って闇雲に走ったが、駅へ行く道がない。迷った!6時までに自転車を返さなければ。しかし、間に合うだろか?この迷路のようなところから抜け出せるのか?
 人がいた!なにやら作業の打ち合わせをしていたお兄さんに声をかけた。
 「迷ったんだけど、アユタヤ駅はどっち?」
 「地図持ってる?(地図を渡した)オー日本語!」日本語であることが分かるレベルの人だった。
 「この地図じゃあ分からない。案内するよ」
 親切な人がいるものである。
 なんと、先ほど苦労して自転車を持って渡ってきたあの橋をまた引き返した。
 「ここは、川に囲まれた島なんだ。小さな中州の島で、造船学校があるのさ」合点がいった。どっちへ行っても川だったので、狐につままれたような(狐が人をつまむかどうか?)感じだったので。
 「この先2km行くと、左手に船着き場あるからね。」
 私は、厚くお礼を言って出発した。100mほど行くと、「プップー」と後方からクランクション。なんとさっきのお兄さんが、オートバイで追いかけてきた。
 「後をついてきなさい」という。心配して来てくれたのだった。
 もう必死でオートバイを追いかけた。尻を浮かして自転車をこぎ、車を縫うようにして。「アユタヤ市内自転車乗り大会」があれば、上位入賞間違いなしだろう。私自身は必死だったが、第三者が見たら「元気な若者」に見えただろうなあ。若々しいぞ!還暦パパ!自分で言うなってがぁ!
 お兄さん(造船学校の教職員でしょうか)は、時折「日本人の若者じゃなくておやじさんついてきているかな」と後ろを振り返ってくれた。
 お兄さんは、船着き場に着き、「おーい客だよ」と舟に声をかけ、切符売りのおばさんに、「日本人だよ」と、教えた。日本人は珍しくないだろうが、自転車で迷って、吊り橋を自転車を持って渡り、島の造船学校へ闖入する日本人は後にも先にも私だけでしょうねえ・・・。彼は、私が舟に乗り込むまで見届けてくれました。

 旅行から帰ると、「ホッ」とします。無事帰ってきたなと安心します。だったら、旅行などしなければいいだろうって?旅行しなければ、「ホッ」とするその気持ちを味わえません。砂時計のように、寿命が少なくなっています。あと何回「ホッ」とできますか。

吉本の芸人さんよ 笑いより礼節を 

2009年02月09日 | Weblog
  いい笑い悪い笑い
 
 麒麟を観てきました。動物園へ行ったのではありません。尾車部屋でもありません。それは、若麒麟。吉本興業の麒麟です。川島明、田村裕のコンビ。麒麟のほかに出演していたのは…
 笑い飯、藤崎マーケットそれに、前座が3組。「SF革命」「ブーメラン学園」「ビッグシティ」という名前。

 どうして漫才見物に行ったか?将来の職業のリサーチというところでしょうか。「大きくなったら、漫才師になろうと思っています。夢は見るものではなく叶えるもの…って、分別のある大人たちや、急に哲学者になる芸能人たちが言ってるじゃないですか!」(もちろん、ジョーキングです…)

 漫才を観た感想としては、「頑張っているなあ」ということです。「おもしろくなければ消えるしかない」そんな世界ですから。

 藤崎マーケットは、決め手を持っていますのでそれなりにおもしろかったです。「ラララライ体操」をするコンビ。白はちまきに、白いキャミソール(細い肩紐の袖なしの女性用の上半身用下着)、黒の短パンを着用。「みんなー、ラララライ体操、はーじめーるよー!ラララライ♪ラララライ♪○○○でエクササーイズ♪ワン、ツー、スリー!」
 笑い飯…どちらもボケ、ツッコミになる。どんな芸を見せたか、帰宅しても覚えていました。ただ、「笑い飯」さんには申し訳ないが、家内が、「握り飯」と、言ってました。家内の言い間違い、最近低迷していましたが、久々のヒットでした。
 麒麟ですが、帰宅して「どんな芸だったか?」と、一生懸命思い出そうとしましたが、全く思い出せませんでした。印象的な芸が出来ないというか、正直「おもしろくない」。

 ステージが終わったあと、6組、12人の漫才師が出てきて、お楽しみ抽選会が行われました。観客は約1,000人。その様子は…

芸人A:はい!523番。どこにいますか!
芸人B:あ、あそこ!
芸人C:何だガキか!
芸人D:クソガキだな。
芸人E:次は、1120番。どこですか~!
芸人F:あ~!ババアだ。
芸人G:ガキとかババアとか言うな!アハハ。
芸人H:全く、クソババアだ。ガハハ。
 このように、無礼もヘチマもない。放言というか不規則発言というか…このような雰囲気で、10個の景品が渡されました。お客様は神様のはず。それが、ガキだ、ババアだ…言いたい放題。笑いをとろう、ウケようとしていることは分かる。しかし、ヘラヘラ笑っている観客も、本当に楽しい気持ちになっているか?考えろと言っても考えられない連中ですね。

 笑いには、「いい笑い」と「悪い笑い」があります。誰かをダシにし、その人をあざ笑うことによってみんなで笑う…これは悪い笑いです。いじめ笑いですよ。
 いい笑いは、人の成功・安泰を喜んだり、新しい発見・知識を得たり、虚を突かれておもしろさを感じたときの笑いです。虚を突かれたおもしろさの例は…
ボ  ケ:「(列に割り込みたい様子)どけ!」
ツッコミ:「な、なんですかあなたは!並んでいるんですよ」
ボ  ケ:「いいから、前へ入れろ!」
 (ツッコミ、しぶしぶボケを自分の前へ入れる)
ボ  ケ:「悪いが、背中掻いてくれ。痒くて痒くて!」
ツッコミ:「痒かったんかい!」
 まあこんな感じでしょうか。

 私が抽選で選ばれたら、どんなふうに言われたでしょうか?私は、ステージへ上がって、マイクをひったくって言い返してやりますよ!「クソをしないジジイがどこにいる!」と。

 ところが…12人の中に、一人だけ全く違う芸人がおりました。客席から舞台に上る階段の所へ行き、景品を受け取りに来る子供や、年配の女性に声をかけ、握手していました。無礼な言葉は一切言わない。…俄仕立てで、いい人ぶっているのではないことが十分伝わって来ました。その人物は、麒麟の田村裕。失礼ながら、芸は…固い。しかし、知名度が高く、人気抜群。それにあぐらをかくことなく、腰が低く威張らない。偉いぞ田村。
 ジャルジャル(漫才コンビ)の後藤が、「ホームレス中学生」の内容にいちゃもんつけているようだが、負けるな!印税の8,000万円(税金を引いても、これだけの金額が田村に入る)は、しっかり貯金しろ!

 良かった良かった。出場者全員が、お客さんを口汚く罵ることが「おもしろい」ということでは、私の漫才師への夢も覚めてしまいますから。