昨日は久しぶりの富士見ヶ丘に行って来ました。
2013-04-07に大学の友人たちとプレーして以来。
その時も5年ぶりくらいのプレーでしたから、
コースの記憶がほとんど消えていました。
その時が55・49。
今回が53.54。
相変わらず、帯状疱疹発症後の神経痛で、
左肩や、首の左側が痛く、
プレー中も時々、左腕全体がしびれたり、
中々に思い切りクラブを振れ無かったのですが、
ただ、不思議と、スウィング中の痛みがほとんどなく、
何とか、寒くても最後までプレーは出来ました。
さて、富士見ヶ丘カントリークラブは
元々は静清興発(株)という地元企業が母体でしたが、
民事再生法申請し、今はシャトレーゼグループに入り、
シーアール・エス(株)が母体となった後、
今は、
平成23年4月1日、経営会社の商号変更
「シー・アール・エス(株)」 → 「富士見ヶ丘カントリー倶楽部(株)」
となっているようです。
今日も、寒かったので不人気ですが、
無料アイスがあったり、
ホットワインの無料サービスだったり、
更には、昼食のサラダバーや、
スイーツバイキング等、
他にないサービスもあり、なかなかの人気らしいです。
今日も混んでいて、
各ホール多い時で2組待ちになったり、
2時間40分くらいのラウンドになりました。
疲れた一日でしたが、ケーキは美味しかったです。
ゴルフ場「富士見ヶ丘カントリークラブ」経営・静清興発株式会社・民事再生法を申請
帝国データバンクより、平成16年3月25日
静清興発(株)(資本金5000万円、静岡市清水宍原1456-2、北澤惇夫社長、従業員58人)は、平成16年3月25日に静岡地裁へ民事再生法を申請し、同日、監督命令並びに保全命令を受けた。
申請代理人は大澤恒夫弁護士(静岡市清水中之郷1-11-21、電話0543-46-4007)ほか3名。監督委員には洞江秀弁護士(静岡市馬場町72-6、電話054-272-8660)が選任されている。
当社は、ゴルフ場の開設を目的に、地場上場企業をはじめとして旧静岡、清水両市の複数の大手有力企業が出資し、1973年(昭和48年)3月に設立。
地元報道機関の経営陣が代表取締役を歴任するなど、地元経済界では高い知名度を有していた。78年にゴルフ場が完成し、「富士見ヶ丘カントリークラブ」としてオープン。
コースは旧清水市北部にあり、主要幹線道路沿いで、東名高速道路清水ICからも近く、立地条件は良好で、諸設備も充実していた。入場者数がピークを迎えた90年には年間約6万人が入場、93年2月期には年収入高約9億8900万円を計上していた。
しかし、バブル崩壊以降は入場者数の減少に歯止めがかからず、客単価も下落し、95年同期以降は入場者数が3万人台後半にまで落ち込み、赤字経営に陥っていた。ゴルフ場の用地取得や建設資金の大半を会員からの預託金や出資企業からの寄付金などで賄っており、98年以降、預託金償還期限が到来し、資金繰りは悪化していた。
金融機関や出資企業からの融資を受けてしのいできたものの、業績回復の兆しは見えず、新たな資金調達も困難になったため、自力再建を断念した。
負債は、預託金約48億円、金融債務約12億円を含め、約61億円。
富士見ヶ丘CC(静岡県)シャトレーゼグループのシーアール・エス(株)で証券発行
ゴルフ特信より
平成16年12月にシャトレーゼグループ入りした、富士見ヶ丘カントリークラブは、平成17年4月1日からコース表記を「富士見ヶ丘カントリー倶楽部」に変更するとともに新経営体制に移行した。
同ゴルフ場を経営していた静清興発(株)は、昨年11月15日に再生計画案が認可決定(今年3月23日にシャトレーゼ流通システム(株)にゴルフ場を営業譲渡していた。
同システムはシャトレーゼグループの流通部門を担っており、本体の(株)シャトレーゼ(斉藤寛社長、山梨県東八代郡中道町)が同システムから物流部門を吸収、4月1日から同システムの社名を「シーアール・エス(株)」(今澤恵美代表取締役、山梨県勝沼市、資本金1000万円)に変更して、同CCの経営会社としたもの。
シャトレーゼ側では、今年2月28日までに会員の再入会の希望を受け付けており4月以降、継続希望者には新会社名で会員権(額面ゼロで譲渡可のいわゆるプレー会員権)を発行する手続きを順次行う。名変の開始時期は今年夏頃の見込み。会員は400名強が退会を選択し、継続会員は約1300名になったという。
同ゴルフ場では、コース表記について「名門コースを目指すため、旧来の漢字表記を採用した」という。また、シャトレーゼグループは近年、ゴルフ場の経営を拡大(現在7コース)しており、シーアール・エス(株)にゴルフ場などサービス部門をいずれ集約させる意向もあるという。
今澤恵美代表は斉藤寛シャトレーゼ社長の長女で、サービス部門を統括することになる。