天神様の参拝を済ませ、いよいよこの日の第2の目的地である伏見へ移動します。
そもそも、私が歴史好きになったのは、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に出会ったことに始まります。
中学校の図書室で偶然見かけ、聞き覚えのあるタイトルに興味を覚えて手にしたのです。
それからしばらくの間は坂本龍馬の生き様を感銘し、あこがれておりました。
そして、この小説の中にしばしば登場する船宿「寺田屋」に一度行ってみたいと思いながらも、なかなか実現できませんでした。
ようやく巡ったチャンスです。この日の目的地は寺田屋に決め、さらに周辺の見どころを調べてみました。
するとすぐ近くに月桂冠大倉記念館という施設が見つかりました。
さらに、ここのウェブページに「幕末散策路 坂本龍馬ゆかりの地を歩く」と銘打った案内があり、ここに紹介されているコースのうち「丹波橋・薩摩屋敷コース」を逆向きに歩くことにしました。
出発地は京阪本線丹波橋駅です。
近くのサイクルパーク丹波橋(京都府京都市伏見区京町北7丁目6-1)に駐輪しました。
良心的な料金設定です。
歩行者出口は狭くコの字型になっております。
駐車チケットなしで自転車・バイクを出せないように、すなわち窃盗できないように工夫されています。
線路沿いに少し南へ行くとラーメン店がありました。
実は前もって「伏見 グルメ」で検索しておいたのですが、ヒットしたのはラーメン店ばかり。
あまり知られていませんが、京都はラーメンがおいしい街でもあるのです。
大黒ラーメン
京都府京都市伏見区京町大黒町118
11:00~23:00
チャーシュー麺580円+焼きめし220円
豚骨醤油ですがあっさりしております。濃い味でインパクトを与えるラーメンも多い中、じわーと豚の旨みが伝わってくるスープです。
柔らかめの細麺で、飽きがこない感じでした。
一方、値段を見て飛びついてしまった焼きめし、こちらも淡泊で破綻する寸前のパサパサ感が忘れられない一品です。
御香宮神社【伏見区御香宮門前町】
近鉄桃山御陵前前駅に着きました。
1区間歩いたわけですが、あっという間でした。
東に目をやると
御香宮神社の一の鳥居です。
鳥羽伏見の戦いの際には、新政府軍の薩摩藩がここに駐屯していたそうです。
表門
なんと伏見城の大手門を移築したものです。
境内にある桃山天満宮
そうそう今日は学業成就のお参りに来たのですから、ここにも参拝しましたよ。
こういうものがまさにごろごろ転がっているのが京都です。
拝殿
中国の登龍門の故事に基づいた極彩色彫刻がほどこしてあります。
本殿
主祭神は神功皇后です。
御香水
神社の名の由来となった清泉
名水百選にも認定されていますが、飲まれるならば濾過されているこちらを
絵馬堂
いつ頃奉納されたものでしょうか
こんなものがさりげなくあるのが京都です。
伏見奉行所跡の石碑【伏見区奉行前町】
御香宮神社から南へ10分ほど歩いたところに伏見奉行所がありました。
現在は住宅地となっています。
建物外壁も蔵屋敷風になっていますね。
この近くに伏見奉行所跡の石碑があるはずですが・・・・なかなか見つかりません。
・・・・・違う石碑は見あたるのですが
常盤就捕処(ときわしゅうほのところ)
常盤とは言わずと知れた源義経の母
平治の乱で源義朝が敗死したため、三人の子を連れ逃亡したものの、母の捕縛を聞き六波羅に自首しようとしたところ平氏に捕らえられたという。
ここだったのかぁ
こんな石碑がすぐ見あたるのが京都です。
他にも伏見工兵第十六大隊の衛戍地跡の石碑
桃陵団地の歴史を記した石碑は見つかったのですが、目的の伏見奉行所の碑が見つかりません。
付近を探すことしばし・・・・
なんと草に埋もれておりました。
かつて、このあたりに伏見奉行所の建物がありました。
鳥羽伏見の戦いの際には、幕府軍の陣地となり、新撰組もここに駐屯していました。
しかし、薩摩が駐屯していた御香宮神社まで徒歩10分足らず、こんな近いところで対峙していたのですね。
現在でしたら、直接、砲弾でもロケット弾でも打ち込めそうな距離です。
(伏見をゆく その2に続きます)