ある日、手書きの封筒が自宅に届きました。
中学校のiちゃんからでした。
普段は、知人からは結婚式の案内状以外、なかなか手紙なんて頂きませんよね。
開封時何か?とドキドキしました。
中は便せんに手書きで文章が綴られており、近況伺いと、中学の同窓会があるのを偶然人づたいに知ったので一緒に行かない?というお誘いでした。
手紙でお返事しようとも思いましたが、メールのほうが早いのでOKのメールを送信。
開催までの1か月半、一番信頼している女上司に、何を着て行けばいいか相談すると、まだ中学の時の同級生と年賀状とかやり取りしているの、珍しいよね?と。
そうなんでしょうかね?
上司が「自分のご褒美としてトレンドのワンピースを買いましょう、いつも仕事頑張っているしね」というのでそうすることにしました。
いざ購入としても、フォーマルなワンピースなのか、カジュアルなのか、キュートなのか上品なのか、いろいろ迷います。
夫にも見て貰い、ネットで決めました。
ある日、夫のほうが早く帰宅して、届いたワンピーズをカーテンのポールに掛けてくれていました。
すごく細く見えるけど、着れるの?と聞かれ、着用してみるとジャストサイズでした。
夫もこれにして良かったね、と喜んでくれました。
某日
ホテル仕様の演出でホテルシェフのお料理がいただける、というコンセプトの貸切フロアに到着。
受付をしますが、誰が誰だか??????
円卓の好きな場所に座ってねと言われても、なにか違和感を感じてしまいました。
懐かしさを期待していたのですが、皆中学の頃とあまりにも変わり過ぎもあるけど、その頃8組まであったから、3年間一度も同じクラスにならない同級生もかなり多かったんですよね。
ワンフロアに8組もあると、左右の階段を利用するので、端と端のクラスなんて、ほとんど顔を合わせることがなく、せいぜい部活やクラブで他クラスの同級生と知り合っても、他はわからない状況でした。
なおさら私は8組で、幹司さんは1組か2組の方だったので、前半のクラスはほぼほぼ来ていても後半クラスは、ほとんど来ていなかったです。
旧姓の名札をかけているのですが、それでもわかんないわけですよね。
そういう場では、だんまりして時間をやり過ごすか、ひたすら自己開示して情報交換するか、勇気は要りますが中学の時の事を尋ねて共有していくか、そんな感じしかありませんよね。
M君は、浄土真宗の住職であり、今は中学校の校長をしており、東日本大震災の津波で住職である父が流されたとか。
私は、お父様の事知っているよ話したことがあるよ、というと驚いており、クラブ活動で神社仏閣を中学時代に研究していたのをお話ししました。
今も四国遍路行ったり、神社仏閣に好奇心があるのも、私にはその頃からベースがあったのですね。
あらためて気づきに会いました。
長野から来たT君は、小学時代から英会話教室で知っていて、変態芸の印象しかないのですが、変わっていなかったですね。
卒業後の人生を語るとなると、何分必要ですかね?
6分は話したかな。
皆のそれをそれぞれ聞いていたら、2時間半なんてほんの束の間なんですね。
最後にその頃の先生たちも来ていただいて、先生方のその後の人生をお聞きしました。
みなほとんどは校長として退職されたようです。
「今の時代に私があのような方針で行っていたら、間違いなく刑務所に入っていたし、私のとった行動で心が傷ついた方がこの会場に居たら、本当に謝ります」と深く首を下げた先生もおられました。
スゴイ時代だったんです。
先生たちもまだ若かったんですよね。
先生がチョークを投げる、竹刀で机をたたく、正座させる・・・
生徒が授業中に何かを食べる、授業をボイコットして抜け出す、校舎にスプレーで落書きする、爆竹を鳴らす・・・
先生たちも大変でしたが、一部の生徒の暴動的な行動で、まともに授業が受けれず、自主学習でその時間が過ぎることも多くありました。
皆、元気な時代だったんですかね?
ある意味、こんな悲惨な中学の環境で学んだ私たちですが、日本銀行に就職された方もおられるし、大手企業の部長もおられるし、ですね。
担任の先生に花束をお渡しすると、なんかあの時間が蘇ってきましたね。
中学で何を頑張ったかと言えば、私は英語ですね。
教科書を丸暗記してしまえば、ひっかけ問題でミスしない限り、毎回100点をもらえます。
授業で発音を覚えて、カセットテープに吹き込み、気持ち悪い話ですが、自分の声を何度も再生して丸暗記するという方法です。
あとは、今はあるかわからないのですが、その頃は学級委員というのがあって、1年生で2回もしたので、全部で4回しました。
1年生のあの頃は、男の子はやんちゃで、私の背よりも小さい子が多かったです。
「雛子、綺麗になったな」と私の担任の先生。
死ぬその時まで、私は綺麗であるよう努力しますね。
次は5年度?10年後?また皆で集まろうね、先生たちもね、と皆で心を強くしました。
「欠ける人もいるだろうけどね、皆頑張ろうっちゃ。」
「二次会全員参加だべ~?」
私は待っている夫のところに帰ると、案の定、夕飯も食べずにひとり待っていました。
途中のスーパーで買ったお惣菜を食べながら、たくさん同窓会の話をしました。