風の数え方

私の身の回りのちょっとした出来事

街角ティッシュ

2008年04月09日 | 清水ともゑ帳
5年前、電車通勤をし始めたころ、駅前でティッシュ配りをするその女性に気がついた。
そこでは他に、チラシなどを配る人たちもいるけれど、しばらく経つと人が入れ替わっている。
その後、仕事をやめてからも、私は電車に乗ることが多く、彼女の姿だけは変わらず、よく見かける。
30代後半ぐらいのちょっと小柄な人だ。

最初はただなんとなく、通りがかりに彼女を眺めていた。
「行ってらっしゃいませ」「お疲れさまです」
元気のよい掛け声とともに、リズミカルにティッシュを手渡す。
宣伝効果につながりそうな人を瞬時に見分け、配っているように見える。
すぐ後ろに積んであるダンボールから自分の手にティッシュを補充するときも、通行人の流れを見計らいながら、てきぱきと行う。
動きにも効率にも無駄が見られない。

私はティッシュが欲しいというよりも、彼女の鮮やかな手さばきを近くで見たい、彼女の手から受け取りたい、と思うようになった。
わざわざ傍を通るが、混雑に紛れ、なかなかタイミングが合わない。
伸ばしかけた手を、気恥ずかしい思いで引っ込めたことが、何度もある。
彼女を取り巻いて、ティッシュをいくつも手にしていく年輩の女性たちもいるが、私にはちょっと勇気がない。

昨日、所用があって駅前を通ったときも、彼女はいつもの場所に立っていた。
よし、今日こそタイミングを逃すまい。
数メートル前から、歩調を整えていく。

いよいよという位置に近づいたとき、対向してきた人の群れと私がわずかに交差した。
ああ、またダメかもしれない。
かなり不自然ではあったけど、私は少し足踏みして彼女のリズムに合わせた。
「行ってらっしゃいませ」
手のひらに自然な感触で、ティッシュが密着した。

そのまま握り締め、仲間が待つ目的地に向った。
「何かいいことあった? 晴れ晴れした顔してるよ」
問われて、自分がいつもより笑顔でいることに気づいた。