1971年
カープの新人となれば、なんといっても佐伯。だからキャンプ地・日南を訪れる評論家諸氏の目は佐伯に集中、ファンの視線も佐伯を追い求めている。しかし一方で地味だが、日増しに首脳陣の評価を高め、ある意味では佐伯以上と力を買われている新人投手がいる。地元盈進高から入団した永本裕章投手が、それである。この永本が首脳陣の目を奪ったのは、自主トレの最中。軽いピッチングをしたとき、投手担当の備前コーチが、思わずうなった。「実にいいフォームをしている」177センチ、76キロ。外木場を、もうひと回り大きく、たくましくしたからだつき。しかし、これは意外な喜び方でもあった。というのは、タマの速さは抜群との情報を得てはいたが、大変に制球力が悪く三振か四球といったタイプの投手と聞かされていたからだ。さらには昨年の夏、右ヒジを痛め、このため半年近くもマウンドを踏んでいなかった。「ヒジを痛めるくらいだからフォームもよくはあるまい」首脳陣が、そう判断していたのである。「永本はほとんどの球団からマークされていた。三年生の夏にヒジを痛めなかったら、ビッグスリーに劣らぬほど騒がれていたんじゃないか。その彼をとれたのは、うちにとって本当にラッキーだった」二年生のときからマークし、獲得した藤井スカウトは、日増しに高まる後輩の永本の評判に大喜びだ。永本の日南入りは、卒業試験のため、ナインより一週間遅れた。しかし、自主トレに参加していたとあって体調は十分。連日ナインと同じ練習量を積極的に消化している。まだピッチングこそしていないが、女房役のベテラン田中捕手は「いい投げ方をしているなあー、ムダがまるでないよ。ソト(外木場)の入団時よりいいんじゃないか」とべたほめ。「ホンマ、ワシらより速いタマを投げるんと違うかいな」とその外木場も感心しきり。外木場より速いタマはともかく、地元では球威の点では佐伯にも負けないといわれるほどだからたいしたもの。とにかく二年生の秋地区予選で対北川工をノーヒット・ノーランにさばき、三年生の春には対尾道商戦で、連続九三振、通算二十一三振を奪っている。佐伯も奪三振の面では永本にかなわないのだ。「ヒジは、もうまるで痛まない。半年間投げなかったのが幸いしたようです」とは永本だが、この男、やたらと向こう意気が強い。「佐伯といったってボクとたいして力に差はない。ビッグスリーなんて、たいしたことないですよ」といった調子。これも永本株上昇に一役買っている。「ボクの持ち味は速球だ。これまでも、そのことだけを考えて投げてきた。コントロールの悪かったのは力の配分を誤ったからだと思う。力み過ぎです。だけどバランスがうまくとれたときは自分でも驚くほどタマが伸び、そんなときは相手のバットがかすりもしなかった。このキャンプではしっかり足腰を鍛えて、もっと速いタマを投げられるようにしたい。課題は制球力です」と永本は不敵にいう。かつて南海に籍を置いていたことのある実兄・勲二さん(26)からプロのきびしさを教えられているだけに、新人にありがちな浮ついた面がまるでない。先日、かつての名投手杉下茂氏(現評論家)から「君のフォームはいかにも投手らしい。いい投げ方をしているよ、カープにはもっとも必要なタイプなのだから、がんばれよ」と激励されて永本はいっそうの自信を得たようだ。備前コーチのいう「秘密兵器・永本」がコントロールの面で狂いがなければ佐伯以上のヒーローになりそうだ。